Coccinelle | ナノ


▼ 好きを越えた馬鹿な君

こんなことってないと何度も思っていた。

努力して一つの勝利を掴みとるために頑張っていた彼等がどうしてと、決勝戦の帰り道、身体の水分が全て出てしまうかと思うくらい泣きはらした。

嫌だった、全部嫌だった。

私は彼の人生に今後関わっていくこと、何気ない話をして笑いかけてもらうことさえも叶わないかもしれない。それでも貴方の夢だけは現実のもとなって欲しいと心から願っていた。願った場所を間違えたのだろうか、神様を許せない。

もう決勝戦後は、何もする気になれなくてご飯も食べたくなくてくそ暑いタオルケットにくるまっていた。一日ずっとだった。両親は放置してたけど、イライラした上の姉は私の部屋に入って漫画読見始めていた頃、少し落ち着いて会話が出来るまでになっていた。

『何もやる気にならない。』
『失恋くらいで何をこの世の終わりみたいに…』
『失恋よりも悲しいの!』
『野球ねー。その彼、もう辞めたりして…』

お姉ちゃんはいつも遠慮がない。でも、その言葉だけは許せなかった。純くんが野球を辞める?そんなことあるわけないじゃない。私がタオルケットから顔をだし睨みをきかすとお姉ちゃんは謝って私を静かに撫でた。かなり手荒な姉流の天岩戸のつもりだったらしい。

 ̄¨
9月のある日、久々にグランドに顔を出しに行くと、もう三年生はいなくて一、二年生主体の練習となっていた。見学は練習試合の後、少し残って見ていた。流石にOBの人達はもう殆どいなくて今までにみたことがある熱心な人が数名いるだけだった。

「みやびちゃん、もう伊佐敷はいないんだぞ。」
「構いません…あの、引退すると野球辞めてく人ってやっぱりいるんですか?私のお姉ちゃんが伊佐敷君は辞めてしまうんじゃないかって…」
「んーそうだな。そんなことないって言ってやりたいんだけど、高校でどんなに活躍してても離れていく奴もいるからなぁ。」
「そう…なんですね。今クラスでも伊佐敷君、元気ないんです。」

また、泣きそうになっていた。純くんに辛い思いをさせた自分が酷く憎い。
大会中、純くんの好きだった子と同じ名前の私から必要以上の告白はいらなかった。私はなにもできないし、彼の中のみやびは戻ってこない。それならせめて野球だけは彼の拠り所であってほしかった。でも、彼はもう夢の舞台へもう行けない。
本当に自分の考えの浅はかさが嫌になる。

「しょうがねぇなアイツは…」
「受験勉強の合間を縫って短時間でもあんなに応援に来てもらっておいてな。」
「…」

私はその時、元気に声を出す球児達を今まで向けたことのないような感情で、眺めていたんだと思う。

 ̄¨
今日は人が疎らな教室に早めに着いて窓の外を眺めていた。今なら友達のなっちもまだ来ていなくて、勉強しても良さそう。鞄から単語帳だけ取り出すと赤シートがなかった。余計なことばっか考えてるから…なっちの机にないかな?ないわ。

純くんとはもうこのままの関係で高校生活を終えてしまうのだろうか。いつまでもいつまでも、引きずって暗い顔しているのは私らしくない。このしつこいくらいの恋をもう終わりにしたらどうなるのだろうか?いつかそんなこともあったねと思える日が来るかもしれない。今はまだ考えられないけれど、そんな日が来るかもしれない。

「何、アホ面下げて黄昏てるの?」
「…人がせっかく踏ん切りをつけようと思い馳せてる時に!小湊くん酷い!」

私の前に憎まれ口叩きながら出てきた彼は、まだ焦げた肌と逞しい身体に夏の名残が残っていた。小湊くんは決勝戦の最後のイニングをベンチで見ていた。代打で弟の春市くんに譲る形となったけれど、それまで小湊くんは持ち前の気の強さで頑張っていた。詳細は知らないけど、彼の悔しさは分かる。だから、小湊くんと話すのは久しぶりだった。純くんほどじゃないけど私からは話すことが出来なかった。

「純と話した?」
「…」
「もしかして進展あったの?」
「…悪い方に。」

「みやび」

自分の名前に俯いていた顔を上げる。小湊くんは、真面目な顔をして私を見ていた。

「なんで知って…もしかして元々純くんの話を知ってた?」
「知らないよ、純からは何も聞いてない。」
「…かまかけなんてしないでよ。」
「お前ら何も話さないから。」

小湊くんが悪い人ではないことはよくわかってる。私達のこと心配してくれてるだけなんだ。

「…話せないよ、こんなこと。」
「…そう。」

小湊くんはそれ以上は聞いてこようとしない。教室から出入りするクラスメイトを眺めている。
普通、自分がしんどい時に話なんて出来ない。他人の気持ちを考えらなくなってもおかしくないんだよ。人はそんなに強くできていないのだから。
なのに、小湊くんも純くんもすごいよ。

「私、純くんは馬鹿だと思う。色々抱えてるものとかあって、私を見てると辛かったって言ってた。なのに、優しくして…なんでよ。」
「馬鹿だからでしょ。野球のことしか考えてないただの馬鹿。」

いきなり馬鹿馬鹿言い出す小湊くんは、お前も馬鹿とか散々だ。私は別に良いけど、そこまで言わなくてもいいじゃない。
「純くんのことそんなに馬鹿馬鹿言わないで。」

「浦井はそんな馬鹿だから…好きなんでしょ?」
小湊くんは少しムッとしてた私を見て微笑みながらそう言った。

「わかるよ、俺も。純に助けられた仲間多かったし。困ってたり、潰れそうになる奴を考えなしに後先考えずに助ける。そのままにしておけない。他人から見て、それは損して見えたりする。上手な生き方なんてもっと沢山あるはずなのにね。」
「…」

ああ、だめだ。そんな話聞かせないでよ。
純くんの、そういうところが本当に愛しい。助けあってきた仲間が純くんを支えようとする気持ちが分かる。

「ぶっきらぼうで、うるさくて…優しい」

純くんにはそのままでいて欲しい。そのままで。そこに私はいなくたって良い。だって、これだけ素敵なチームメイトがいてライバルがいて支えあい競いあいながら三年間をかけてきたんだから。私やみやびにもとらわれず、ありのままの彼でいて欲しい。それだけだ。

ほんとうはずっと彼の野球に打ち込む姿を側で見ていたかった…かっこよかったし。

でも、もういい、好きだから付き合いたいとか、好きだから側にいたいとかどうでもいい。

「私は…純くんに今の馬鹿なまま野球続けて欲しい。」

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