▼ 名残惜しい日々
寒い冬に入りあたたかいお茶がほしくなった。私は横着だから態々外の自販機に行くときにコートやマフラーを持って行かない。足早に歩いていたら、結城君も似たような格好で歩いていた。彼はどこで見ても大きくて逞しくて、見た目以上に彼の大きな優しさに何度助けられたことだろう。もう私の中で彼は戦友のような…友達よりも大きな存在になっていたのかもしれない。今はこの気持ちとか居心地のよさを形付ける言葉なんて考えるつもりもなかった。
結城君に声をかけると、驚いたのか何度も瞬きをして伊崎もかと言った姿に、なんだかあどけなさが残っていた。
「前を向いて歩けてるか不安だな…もう卒業するのにさ」
「歩けてるさ、後ろを振り返っても積み重ねた軌跡が残ってる。むしろ自信になるさ。」
お互いにブレザーとセーターを着て、肌寒く手を擦って、お茶を買う。もう卒業が近い私たちは出席する日も少なくなり顔を合わせては、この時を一時も無駄にはしまいと話して笑って過ごしていた。
「それで言うと、俺も実感ないな。もう来月には此処にはいないなんてな。」
三年間なんて人生のうちでちょっとしかない筈なのに、此処が自分の人生だと思えるくらいの生活を送ることが出来た。そんな学校生活に終わりが来るなんて思えないのは私も同じだった。
「うん、早いよね。みんな新しい景色に変わってくよ、形あるものは。私たちがいたことなんてなかったみたいにね。」
「…だからこそ、思い出とか、感情とかを人が繋いでいくんだ。伊崎なら俺や紺野、亮介とかな。いつでも待ってるからな。」
そういう結城君は、きっとこれからも夢とか野球とか大事に抱えながら大学生として歩んでいく。私も、道は違えど夢に向かって進んでいくと思う。
皆が、此処にいたことを忘れないでくれるなら、一緒に思い出と共に歩んでくれるなら…
「結城君も、忘れないでよ。」
私も、負けてはいられない。
お互いに笑い合うと、寒さをしのぐように皆のもとへ二人で戻って行った。
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