恋の色 | ナノ


▼ 流した汗と涙

賑やかで楽しくてあっという間だった文化祭は、前夜祭を合わせて三日間あっという間に終わってしまった。ずっとその余韻に浸っていたいところだけど、私達は受験生だし時間は私達を置いて進んでいく。

「結城君さ、何で私の席座ってるの?」

次の授業は、グループワークで席を向かい合わせにして座っている。休憩時間に席だけをつくってお手洗いに行っていたら、真面目な顔して結城君が座っていた。ああ、間違えたと反対側の席に座り、私も彼の座っていた席に戻ると結城君の顔がよく見えた。なにか考え事でもしてたのだろうか、それとも天然物なのか。

「(将棋のことを考えすぎた…)」

授業が始まり、課題がそれぞれ出される。この現文の授業はセンスだから難しく考えるだけで無駄だと思い、二人で思い思いに答えを書き込み照らし合わせて話していた。結城君の字は相変わらず綺麗だな、達筆というかかっこいい。

「伊崎?」
「…あ、ごめんなさい。何?」
「ここだけ、漢字が間違ってる。あと、ここの答えに作者が考える平和の意味と繋げた方がまとまると思う。」
「じゃあ、今の案を最後に足して、全体を作者の視点で統一しようか。」
「作者の視点?…いいな。」

書き込み終えたプリントを持ち先生に報告をしようと席をたつ。最後に全体でいくつか考えたことを発表してもらうから、それまで待っていて欲しいと伝えられる。思ったよりも早く終わり、暇になってしまった。
離れた位置から結城君にOKのマークで合図する。伝わったかな。結城君は頷いたあと、別のプリントを取り出して何かを書いている様子だった。

結城君にこの前の諦めないでよかったの意味を聞いてみたいな。でも、私と同じなら聞かれたくないかな。今私には、ほんの少しの好奇心と心配する気持ち両方ある。

「文化祭さ、美術展に来てくれてありがとうね。感想まで書いてくれて嬉しかったよ。」

私は座りながら喋り、結城君を見ると作業の手を止めていた。

「匿名なのに分かったのか?」
「綺麗な字だし、直ぐに分かるよ。結城君も諦めそうになったことあったんだね。」
「伊崎にも…?」

お互いの沈黙が流れ、それぞれ見つめ合う。

自分から話を振ったんだ、出る結城君の答えは想像がついてたはずだ。なのに、二の句が継げない。
自分の後悔や苦悩、結城君に聞きたいこととか喋れそうなことが思い浮かぶのに、喉の奥に引っかかって出てこない。自分の中で消化できず余裕のないくせに、同級生の身の上話を聞こうとした…なんて烏滸がましい上に浅はかなんだろうか。

「ごめ…「去年、あの絵を見てたよ。今年も変わらず、綺麗だった。」

その言葉を発した結城君は察したのかは分からない。なんだか泣きそうで、切なくて、胸の当たりが熱くなったのを感じる。この気持ちの理由なんて私には分からなくて汲み取ってくれた結城君への感謝と敬意を込めてこの言葉を送る。

「観に行くね、試合。」

結城君は節くれだった指を顎にあて少し考えたそぶりを見せると、作業に戻った。視線を下げ伏し目がちな彼の顔を見ていると、無理だけはするなよと言ってくれた。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄¨

自分のなかでもまだ引っ掛かっていたのかと思うよ。若干、自己嫌悪してしまうくらいには。でも、結城君の聞かない優しさは温かかった。
今日の試合は楽しみだな。

日焼け止めや着ていく服に帽子、鞄と準備しつつ時計を確認していた。

「楽しそうね。」

そのヒヤリとした声に身震いがした、母だ。今日はまずい。話をまともにしてはいけない日だ。早足で自分の部屋に戻り、鍵をかけた。母も近づいて来る音がする。

来ないで、何も言わないで、好きにさせてよ。

ガチャガチャと何度もドアノブを無理やり回す不快な音が響く。こういう時は諦めるのを待たなきゃいけない。私にとっていつもの苦痛な時間が始まる合図だ。

「良いご身分ね。私のお金で生活して、私のお金で学校へ行っているわけでしょう。なのに、遊び呆けて、男と一緒に子供でも作って出ていく気かしら?子作りの方法ってわかる??」

被害妄想と八つ当たりと、正論が何度も何度も繰り返され、それが一時間続いた。冷たい声と怒らせてしまった焦りからの冷や汗で、夏の締め切った部屋の室温が下がった気がした。汗が止まらない。水が欲しい。でも、もし母と直接顔を合わせなければならないとしたらと思うと、怖い。

母が部屋から離れたことを確認して、私は家を出るて球場へ向かう。これ以上家には居られなかった。
私が悪いのか、受け流せないくらいに真に受けてしまうからいけないのか。もうこんな私のぐちゃぐちゃな気持ちは青い空を見ても晴れなかった。

「直、遅…大丈夫!?真っ青な顔して何かあった?」

紺ちゃんは球場の中でスタンドには上がらずに待ってくれていた。選手達や応援のOBの人達が通りすぎていき、主将がそろそろ戻ってくるぞと声を掛け合っていた。縁遠い場所だと思ってたけれど、やっと来れた。

「また、あのイカれたあの女がなんか言ってきたんでしょ!」

紺ちゃんはせっかく好きな場所にいるはずなのに、怖い顔をしていた。そんな顔しないで良いのに、私はもう良いのに。もう母には期待をしていない。私への優しさも、家での平穏も何もかも、もう良いのだ。

「私が悪いのかな…いつもいつも。お金だって結局あの人に頼ってるし、あの人きっと私が結婚したり誰かと出ていくとかそんなことばかり言って…あの人に縛られて機嫌をみて、恐る恐る道を選んで生活していかなきゃいけないの?一生このまま、…死ぬまで??」
「そんなわけない、そんなわけない!…直」


「…もう疲れた」

瞳から出た涙は汗と一緒になり、すべて流れていく。私は結局その日、試合を観ることは出来なかった。

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