恋の色 | ナノ


▼ 惜春

桜が散り始めた季節はもうすぐ青々とした緑の季節がやって来る証拠だ。新入生も入り私達は一学年上に上がって、最終学年だ。クラスメイトが変わり同じみの人もそうでない人も気のせいか、一回り大きく見える。
やっぱり三年生になると違うよね。

昼休み前の最後の授業中、春にしてはまだ少し肌寒い教室の中で伊崎は卒業式まで恐らく共に過ごすであろう仲間達を見て、ひっそりと笑っていた。眼前には一際大きな背中が黒板という名の学生が三年間で一番に眺めるであろう物体を、我のものと言わんばかりに遮ってくる。これではたまったものではないと、席替えを最初は望んでいたが、この大きな背中の人物は話して見ると天然ボケのそれであり、その時間はとても居心地よかった。それがわかったとき、私はクラスメイトには昨年から恵まれている方だと心底思った。
そうこうしているうちに、チャイムがなる。いけない、最後の所を書き留めることが出来なかった。慌てて、ペンを握るとシャー芯は無くなっており、前方を見る頃には時すでに遅く、今日の日直は有能なため、黒板は消し尽くされてしまっていた。

「次の時間さ、辞書貸してよ。」

泣きそうな顔になりながら、横から聞こえたやや高めの男の子の声に振り向くと、上背は小さいが桜色の髪に切れ長の細い目と容姿の整った元クラスメイトが立っていた。彼はきっと昔から小柄で可愛らしい容姿を褒められてきたに違いないと思わなくもないが、今は関係ない。待ってと彼にジェスチャーだけ送ると、やや呆れ顔で笑われた。

「待って待って。私、最後書いてないの!お願い見せて、結城君!」

元クラスメイトを横目に前方の大きな背中を掌で優しく素早く叩く。何を言っているとでも言いたげに私の顔を見たが、授業前には返せよとノートを差し出してくれた。手早く受けとると、綿密に書き込まれた男の字を、乱雑な自分のノートへ写していく。そんな結城君は、鳴り響く腹の虫を抑えるように、教室から出て恐らく学食へ向かった。

「神様みたいだよね。」
「伊崎は真面目だけど、馬鹿なところあるよね。」
「小湊くん酷…」

真面目と言ってくれるのは有り難いけれど、明け透けな物言いは少し傷つく。胸を抑えて唸り、手を伸ばすと、小湊くんは眉間に皺を寄せ男の人にしては小さいが部活で培った鍛えられた手刀を優しく頭に突いてきた。

小湊くんは元クラスメイトで、野球部で鍛えた身体を持ち合わせている。並んで教室から出て自分のロッカーに向かうと、去年よりも一回り大きくなった身体に努力を感じた。彼と並び立ったことは何度もあったけれど、こうして彼の用事がないと会わなくなってからはより一層感じ取れる気がする。
私のロッカーは誰よりも下段なためしゃがみこむ。小湊くんは人が多いこの時間通行人の邪魔にならないように廊下側を向いてロッカーに寄りかかった。彼の表情は見えないけど、少し声色が変わったような気がした。

「絵は、部活はやってるの?」
「…ありがとう。続けられてるよ、去年はどうなることかと思ったけどね。」
「なら、よかったよ。」

去年は母との折り合いが生まれてきた中で最も悪かった。友達の子や後輩、よく話しかけてくれていたので私が勝手に絡んで描いていたクラスメイトの小湊くんにはとても心配をかけてしまった。あの真っ暗で考えれば考えるほど抜け出せない思考の底にいたとき支えてくれた面々は、離れてしまっても大事な人達だ。

彼の愛する野球も私の大事な美術もどれも尊いものだと思う。それを極めるもの達が、教室に入るだけで一生徒の一人と化すわけだ。きっと私達は人種が違うんだと、何度思ったことだろう。特に体育の時間とかは、彼らの活躍する場面が多いし。
一生関わらない可能性があった人達と出会えたことは日本の教育に感謝するしかない。

「どうぞー」
「ありがとう。」

小湊くんは辞書を受けとったあと、自分のポケットから紙を取り出す。私に差し出すと、私の好きな味噌汁とおしんこと書かれた学食のチケットだった。

「お昼の時間遅らせたお礼だよ。」

結城君といい小湊くんといい彼らは神様かと思った。

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