▼ いつだって見てる奴
爽やかな風を傍らに、天野と倉持は修羅場であった。そんな屋上は、気づけば人はほぼいない。
「これ以上キモいこと言ったら殴るから。」
「殴ることなんてお前はできねーよ。」
「なにそれあたしがチキンとでも言いたいの?なめないでよ、目付き悪いだけの倉持が。」
見下した発言で倉持を威嚇をした天野たが、そんな言葉で怯むような倉持ではなかった。それは、揺るぎない想いがあったからだ。
「違う。」
「は?」
「お前は優しい奴だ。」
倉持の表情は真剣そのもの。だが、天野はそれすら鼻で笑った。
「バカじゃない、何言ってんの。ここまでくると滑稽…」
「俺は知ってる。お前がどんなに口が悪い奴か。どんなにいじめられて蹴られても絶対手を出さない奴か。」
「...」
「看護師になりたいんだろ?だから学校はどんなに嫌でも真面目に来てるんだろ??
周りに何言われようが自分のやりたいことだけは貫いている、真っ直ぐなお前が…そんなお前が、俺は好きだ。」
「...」
「...」
倉持にとっては初めての告白である。散々な言葉を言われながら、やっとの思いで自身の気持ちを初めて伝えたのだ。
「うっさい、バカ。」
「…」
そんな一言で一蹴された。
倉持はその言葉を聞いた途端逃走した。
そんな2人の様子を、声には出さないが散々笑っていた御幸はようやく残された天野に声をかけた。
「アイツ…足早いな。」
「そんなこと知るか。」
「そらのことよく見てたじゃねーか。」
「キモい、マジ死ね、ストーカー…って言うか看護師になりたいってこと教えたの一也でしょ。」
「あ、やっぱり分かった?」
ひひっと悪戯っ子ように笑う御幸に、天野は真顔になり毒をはく。
「本当に頭蓋骨に穴空いててそこから身体中の内臓でも出てるんじゃない?」
「なんか、泣きそうなんだけど。泣いてもいい? 俺。」
「泣いて出来れば死んで。」
─放課後(野球部練習終了後)‥
(ヤベーよな、本当に天野に告白とか。案の定うるさいって言われたし。俺は明日からアイツにどんな顔して話せばいいんだ…あ、今までだってまともに話せてねーか。)
倉持は自主練をしようと歩いていた、心の中で葛藤をしながら。好きな人物に罵倒されるのはいつものことではありながら、やはりいつもの調子で罵倒されると嫌がおうにでも手応えのなさを感じさせられるのだ。
「おいっ聞いてんのかよ!!」
「耳ちゃんとついてるのコイツ、ははっ」
「血ー垂らして汚いー」
「...ふっざ.....ケン..ナ」
暗がりでよく見えないが、倉持は女の喧嘩かと認識した。今問題に巻き込まれるのは、倉持にとっても部にとってもよくないと倉持は感じた。だが、その声に倉持はハッとする。
「はぁ? 聞こえねーんだよっ!!」
鈍い何かを蹴る音が静かなその場に響いた。
倉持はそこに転がるものが認識出来たとき、目を見張った。
(おい…なんだよ、これ。)
そこにいたのはぼろ雑巾の様になった血だらけの天野が殴られ続けていた。
「ヤメロ…やめろよ!!!!!」
咄嗟に出た倉持の言葉は悲痛な叫びであった。
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