▼ いつだって理由は簡単
『倉持先輩 知ってます?』
『知らねーよ。』
沢村が話しかけると倉持は顔を合わせようともせず、そう言った。
『まだ何も言ってないじゃないですか。』
『どうせ、くだらねーことだろ。』
『倉持先輩が暴力騒動起こしそうだった所を止めたのは、実は俺なんすよ。』
『…』
無言で後輩を蹴りつける。
『って〜 何すんだよ!』
『タメ口か? あぁ?』
『ちょっと!聞いてくださいよ。俺は天野さんにぃ!』
そこで倉持は一時停止をする。天野の名前を聞いたからだ。
『おまっ、何でその名前知ってんだよ!?』
『だから!! 俺が天野さんに連絡して呼んだんですよ。このままだと野球部まで迷惑掛かるから、助けてくれって。』
『…迷惑掛けるつもりはなかったんだよ。』
『野球部自体が活動停止にされて、先輩達が夏の大会に出られなかったら一生恨まれますもんね。』
(純さんとかには殺されそうだな…)
恐ろしい事を考えてしまい、倉持は背筋が凍った様な感覚にとらわれた。そして、ふと先程の沢村の言葉を思い返すとある疑問が倉持の中には出てきた。
『そう言えばお前、何で天野の連絡先知ってんだ? 俺の携帯にだって入ってねーのに。』
『え、なんかカバンの中にそれと思われる紙が入ってました。』
そこで空かさず倉持はドッスッと蹴りをお見舞いする。
『人のカバンを勝手に漁るんじゃねー。』
虐待反対と騒ぐ沢村を横目に倉持は考えていた。
(天野のやつが沢村の言葉だけで動くか? それに何で俺のカバンに....御幸か)
─‥
屋上で話す2人は、天野と倉持だ。倉持は沢村が話した事実を思い出した。
「やっぱり暴力嫌いか?」
「嫌い。するやつは滅びろ。」
「だから止めてくれたのか? 沢村に頼まれて、 天野がそこまでしてくれると思わなかった…」
倉持の質問に天野は、いつもの不機嫌な表情から微かに変わった。
「あんたが…」
「?」
「倉持が怒る理由…、それだけは簡単に捨てていいもんじゃないって思ったから。」
(理由…? あ、野球か。)
人が感情をむき出しにしてまで怒るのは必ず理由があるものだ。倉持は自身の大切にしている野球の道具を傷つけられた。野球は倉持にとって、真面目に取り組むことが出来、賛称される喜びを感じることの出来る唯一無二の存在だ。
その存在を天野は、倉持にとって欠けてはならないものであると判断したのだ。
そして、天野は倉持から視線をそらした。
「それに倉持は、あたしに告白してくるような変な奴だったから。」
「え」
「じゃあ、あたし教室帰るから。」
取り残された倉持は、天野の放った言葉の意味を飲み込むと顔を真っ赤にした。
(....変な奴呼ばわりはされてたけど、少しは気にしてて貰えたってことかよ..あの天野が...。止めてくれたことすら正直嬉しすぎるのに。)
「もっと惚れたかもな…俺。」
倉持へのいじめはあの日以降なくなっていた。少女達は、恐怖をかなり感じてまともに倉持を見ることすら出来なくなったのだ。かといって、天野へのいじめがまた始まったわけではない。
平穏であった、あの日までは。
「キャアアアアアァ!!!」
「あれはヤバイだろ。」
「やり過ぎだよな…」
ざわつく教室の中心でただ佇むだけの天野。悲鳴や視線がその一点だけを射していた。
「何でまた... ふざけんなよ....」
倉持が見つめる先、天野の机の中。
そこには生き物の無惨な死骸が詰められていた。
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