なあ、沢村、何でお前そこにいるんだよ。
どんな気持ちだったと思う?俺が桜さんと付き合えたとき。
どんな気持ちだったと思う?俺が初めて桜さんとデートしたとき。
どんな気持ちだったと思う?俺が桜さんをお前に奪われたとき、俺が別れてほしいと言われたとき…

沢村、俺はお前のこと尊敬してるよ。
でも、嫌いだ。
たしかにお前の真っ直ぐな気持ちは、俺には真似できない。だけど、それに俺の気持ちが負けたなんて悔しいだろ。あの時、離れないでじゃなくて別れるのは待っていてほしいと、ちゃんと言葉に出来ていたらよかった。チャンスがほしいと。もう遅い、嫌だ、なんでだ。


あの人を手離すくらいなら、あの人の幸せごと

「壊してしまえば…」

自分の口から出た言葉に、ゾッとした。

 ̄¨

「一也、一也!」

元気で心地のよい声が聞こえてくると、俺はいつも笑顔になっていた。
小学生の時、桜さんは人気者で皆の憧れだった。学年が離れてたって、分かる。優しくて朗らかで、困っている子がいたら必ず声かけてあげている桜さん。そんな子が縦割り班で俺に話しかけてくれることが、嬉しかった。
何度も繰り返される自分の名前、いつまでも聞いていられたし、この人のお母さんが毎日洗濯してくれたであろう服から、柔軟剤の香りが鼻をくすぐって離れなかった。

「桜ちゃん!これ、教えてよ!」

分かってるくせに何回も聞いてた。


 ̄¨

いつからだったんだろう。たぶん、大学に桜さんが上がった頃だったかな。
もう、あの柔軟剤の香りはしなくて、代わりに大人な香水の香りがするようになって、桜さんは歳を重ねるにつれて、どんどん綺麗になっていった。
別れたときに、『一人の男の人してみれない。』と言っていたし、桜さんは俺の成長を怖がっていたけれど、成長や置いてかれている気持ちが怖かったのは俺も同じだったよ。知らない一面がどんどん増えていくのはお互い様だったんだよ。

何も考えずにずる賢く何回も聞いて二人になれる時間を楽しんでいた、あの頃のままだったらよかったのかな…

もう戻らない現実が悲しかった。大事にしたかったはずなのに、結局自分の欲を優先した。その結果、大事なものを手放してしまった。
でも、行かないでほしくて何回も何回も、手を俺から握っていた。別れてからは決して桜さんからは握ってはくれなかったくせに、桜さんは振り払おうとしなかった。
それが、悲しくて、でも、嬉しくてたまらない気持ちになっていた。

 ̄¨

「結婚おめでとう。」
「…ありがと。」

幸せで一杯なはずの式でこんなに悲しく笑う花嫁は桜さんだけだと、その時虚ろな気持ちで考えていた。本当は嫌だと言って抱き止めたかったし、どっかの一昔前のドラマみたいに桜さんを連れ出したかった。

ああ、嫌だよ。
ねぇ、どうして俺以外の所へ行くの?

もう、考えるのがイヤになって、ある日いつもみたいに家に行って、目を盗んだ隙に俺が嫌いな桜さんの香水を手に取っていた。

結婚してまで俺を突き放さない、あの人が悪い。俺からあの人を奪った沢村が悪い…はずなんだ。

獲ったのは衝動的で、沢村が意識するタイミングで俺や桜さんに香水を着けたり、部屋に香らせたのは計画的だった。

沢村が顔を合わせる度に強張った表情になっていると感じたし、その様子にほくそ笑んでいたのも事実だ。でも、どんな時もブルペンやマウンドから俺達を支えてくれたあの笑顔と、バカでかい声が無くなっていく様をみて、自分の大事な野球と高校時代を壊しているようで罪悪感で一杯になっていった。

もう、やめたい気持ち、諦めたくない気持ち、諦めた気持ち、色んなもんがぐちゃぐちゃだ。それでも振り払わないこの手を、手離すことができない臆病な自分。

 ̄¨
「沢村、悪いな。ウソついてた。」

そう言って最後の見栄として笑って煽った俺に沢村は怒っていた。…当たり前だよな。

「なにやってんだよ!!信じてたのに…ふざけんな。」

泣いてる沢村の声がして、桜さんに最後の別れのキスをしようとして、ぶたれた。駆け出していく桜さんの背中を追いかけることはできなかった。いつものようにあの手を握ることは出来なかった。

だってもう振り払われるのは目に見えてるだろ?

本当に終わりは一瞬だった。
それでも日は暮れるし、時間は俺をおいて進む。

誰もいなくなった部屋から差し込む光で、朝陽が昇ると気づく。ドアの隙間から覗くと、出ていったはずの二人はちゃんと二人でいた。
泣きじゃくる二人がとても尊くて、これからどういう人生に転んでいくとしても、俺にはもう届かない「いつかの場所」だ。

ああ、こんなにぼろぼろになってもまだ好きだと思う自分なんてダメだ。

もう、こんな気持ちなんて…



いっそのこと跡形もなく消えてしまえ


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -