栄ちゃんが泣いていて私は取り返しのつかないことをしてしまったのだと気づいた。俯いていつものような言葉も出せないでいる姿に耐えられなくて、待ってと言うけれど栄ちゃんの足は止まってくれなかった。御幸は私の手を離さない。それどころか強く握りしめて潰れそうなほどだ。

「御幸…何でこんなことするの?」
「桜さんがそれを聞く?」
「は?」

御幸は笑って私の頭に手を回して、キスしてこようとする。私は思いっきり平手打ちし、栄ちゃんを探しに向かった。

 ̄¨
栄ちゃんと私が出会ったのは私の大学生時代で、兄の差し入れの手伝いをしていた頃だった。
あの頃は、御幸と付き合っていたし恋人同士だった。あいつは私と一緒にいたかったらしく、たまにいくと夏でも冬でもくっついてきてかわいかった。小学校の頃からお互いに知っていた仲だったし、青道に進学する前にあいつからの告白で私には戸惑いがあったけど御幸の照れてる姿が珍しかったのが印象に残っている。私はあの時、別に今の関係が大きく変わることはないだろうと思っていた。

「なあ…桜さん?大学の人達と飲み会行ったりするの?」
「行くよー、新歓の時は結構飲んでた人いたかなあ。」
「心配すぎるよ、勢い余って抱きついてきたり、お持ち帰りしようとする輩がいると思う。」
「心配してくるの?かわいいなぁ。大丈夫よ。むしろ私が介抱する役回りだから。」

笑いながらそんなに御幸が想像してるよりも、大学の飲み会は吐くまで飲んだり、散々騒いだりとあまり良いものではないと説明した。御幸は高校に入ってから小柄だった身体からどんどん成長して私の身長をついに越してきた。でも、中身は変わらなかった。…いつまでも私は子供扱いしてしまっていたのかな。

あの日、妙に御幸が盛ってきたときがあった。寮の自室に連れ込まれて、私は高校生とそんなことするつもりはないとはねのけたけど、もう御幸の力には敵わなかった。怖かった。一緒にいることが当たり前になってた、この子がいつの間にこんなキスもこんな抱き方も覚えたのだろうかと、彼の変化が恐ろしかった。それだけで、距離感は変わらなかったけれど段々心の距離は私の中で、明らかに遠くなっていった。

それでも離そうとしない御幸の手を握り返せなかった。

 ̄¨
栄ちゃんがよく私のもとへ来て話を何度かしていたとき、こんなに真っ直ぐな栄ちゃんは御幸のようにはならないで欲しいと切に願った。

「沢村くんは彼女いるの?」
「…いないですよ。」
「え、好きな人も?」
「それはいますけど。」
「誰々?もしかしてマネージャー!」

栄ちゃんはあの頃話すとこの手の話題はすぐ真っ赤で、先輩の子達からよくからかわれていた。
レギュラーが決まってから、栄ちゃんに好きになってくれますかと言われたとき、素直に嬉しくて彼の真っ直ぐな気持ちに応えたかった。

だから…

「一也…別れてほしい。」

私が滅多に呼ばない名前を呼び真剣な表情で伝える。他に好きな人が出来たと伝えると、御幸は怒ったし、怖かった。

「ごめん、でももうダメだと思う。一緒にいても私が一也の欲しいものを埋めてあげることは出来ないよ。」
「それでもいい!一緒に居てよ!離れていかないでよ…桜ちゃん…」

大きな身体してるのに泣いて懇願するその姿は小さい子供みたいだ。これ以上いたらお互いのためにならない。御幸はもっともっと大きくなれる。

「一也、私ねやっぱり貴方のこと一人の男の人してみれない。だから、」
「沢村だろ、好きなやつって。それなら俺と別れてもいい。ただ、一緒にいてくれればいい。」

こんなの依存だ。
それでも一緒にいなきゃいけないと感じてしまった。この男の子を放っておいたらいけないと、もう恋愛感情よりも使命感みたいなものだった。
栄ちゃんと話して遊んでご飯を食べているときは本当に楽しい。御幸は私と会ってる時、野球のときとは比べ物にならないほど虚ろで、その関係はぐずぐずと底無し沼に落ちていく感覚だった。
あそこで何であの手を振りほどけなかったのか。

 ̄¨

栄ちゃん、栄ちゃん。

栄ちゃんが行きそうなところを手当たり次第探して探して、夜が明けそうになっていた。

実家に帰ってしまったのならもう私は追いかけられない。ご家族に合わせる顔がない。私は栄ちゃんを裏切ったんだ。

「ごめんなさい、もう会わないからもう栄ちゃんから離れないから、…何もかも手離すから帰って来てよ…」

玄関の前で泣きながら蹲る。
嫌だった。
勘違いされるようなことを身勝手に栄ちゃんに黙って続けていたんだ。それは許されないこと、でもこのまま栄ちゃんと話さずに一生会えなくなるなんて嫌だった。

「桜…止めろよ。」
「栄ちゃん?」

植木のそばに栄ちゃんがいた。彼も蹲っていた。家の庭にいたなんて、探しても見つからないわけだ。

「泣きたいのはこっちだって、お前のこと責めたいけど…」

栄ちゃんが私のところに近付いてきて、私の顔を大きな手で包み込む。

「これじゃ、どっちが悪いか分かんないじゃねぇか」

栄ちゃんは顔を歪ませて、でも瞳からは涙が溢れだしていた。たぶんそれは私も同じで。
どうしたらいいかわからなくて、朝陽が私達を照らしていくまでずっとずっと謝り続けた。

ごめんなさい



なんで、お前が一番傷ついた顔するんだよ?



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