今日も照りつける日射しが暑くて、こんなうざったい夏なんて早く終わって欲しいのにと思う反面、一時でも長く続いて欲しい。そう願ってしまうのは、やはり高校野球をする者のならではの考えなのだろう。だが、それは球児だけとは限らない。例えば、あいつ。麻日奈桜は誰よりも熱く誰よりも汗を流し続けているかもしれない。実際にプレーしてるやつでもないのにそう思ってしまう。あいつにはそう思わせる程の熱意があるのが分かるからだ。たぶんそれは他のやつも思っている。そんなあいつの熱意をこの夏に懸ける思いを、全部俺に向けてくれたらいいのにとか、時々考えてる。

「馬鹿だよなぁ…」

この馬鹿極まりない考えに、ついヘルメットを外し頭をがしがしと掻いていた。お茶を飲もうとジャグジーのあるベンチに近づいた、ただそれだけだったのに。くそ。

「御幸って馬鹿だったんだ、意外。」
「!」

驚いたのは声にではなくて、この声の主の麻日奈にだ。ついてねぇ。よりにもよってこいつに独り言を聞かれるなんて。かっこわりぃ。
気がついたら俺の顔に何かついていたのか麻日奈は俺をじっと見つめていた。それに不覚にも緊張してしまっている俺は、言葉が出てこない。それ以上近づいてくんなよ、頼むから。それ以上来たら…

「あんたお腹でも痛いの?」
「は?」
「は?って何よ。こっちは心配してあげてるのに。」
「…何で腹痛がってるって思うんだよ。」
「眉間にシワよってるから。」

そう言うと自分の眉間をつつく。そんな様子に緊張なんて吹き飛んだ。…そうだ、こいつは男に対して媚びるやつじゃない。どちらかと言うと此方側、男に近い。所謂男勝りなやつだった。気持ちばかりが先走ってこいつに変な妄想を抱いた、きっとそうだ。思いつくだけの理由を沢山張り付けて、妄想から目をそらした。

「…まー、キツくなったら言ってよ。マネージャーとしてやれるだけのことはやるから。世の中にはストレスで胃腸炎とかになる人もいるわけだし。」

…こいつ、俺がせっかくお前には女らしさはないと思うことが出来た矢先に、そういうことを。たぶん、俺はまた眉間にシワを寄せていると思う。そんな俺の考えなど露知らず、麻日奈は俺の背中を叩き、御幸に限ってそれはないかと笑った。
…俺、何でこいつのこと考えてんのか分からなくなってきた。

「じゃあ、お互い頑張ろう。」
「…ああ。」

らしいよな、そういうとこ。
俺が歩いて行くのを見送る視線がないのは、分かってる、あいつはそういうやつだ。頑張ってるのは俺達だけじゃない、あいつは言葉にしないにしても、そう思ってることは伝わってくる。
分かってるよ、支えてくれる人の存在を。これはお前が教えてくれたことだ。直接言われたわけじゃないけど、お前の働く姿が俺に教えてくれたんだ。

あーやっぱり妄想…じゃねぇな。

快音が響くグランドで、枯れるまで声を出し続けるグランドであいつの姿を見かけるといつも追いかけてしまうようになったのは、いつからだろうか。…恐らく最近だ。

麻日奈はさっぱりした性格の姉御肌。
クラスメイトとしてのあいつは俺から見て、友達が多いわけじゃないけど親しくしている人達からはかなり信頼されているように見える。そんなあいつは嫌いじゃないけど、マネージャーとしてのあいつが…、俺の一番好きな姿だ。
後輩マネージャーが失敗した姿を俺が偶然目撃した時が春くらいにあった。麻日奈はその時近くにいて、あいつが先輩としてどんな対応をとるか少し気になった俺は少々スローペースで歩いたものだ。申し訳なさそうに謝る子に笑顔を向けたときは、拍子抜けだった。でもその後台詞にはそれ以上に驚かされた。

『春乃、この経験を次にどう生かせるかだよ。大切なのは。』

優しく諭すように、その姿が普段の俺達と接するあいつとはかけ離れていて、それから意識し始めるようになっていた。もっと麻日奈の色んな一面が見たいって。

でも、遅かった。もうその時には…麻日奈は結城哲也を好きになっていたんだ。

あれからずっと見ていた俺はそのことには直ぐに気づいた。俺が麻日奈を目で追うのであれば、あいつは哲さんを目で追っていたから。
でも確定とは言いきれない。そう自分に言い聞かせて、もう分かりきった現実から目をそらしたかった。だけど…

─‥

「今日は雨降りそうだね。」

そう麻日奈が切り出したことから始まった会話は、今日の降水確率の話へと移り、曇り空なら野球日和だとかそれでもからっと晴れた空の下でやる方がいいだとかどうでもいい話題に変わっていった。部活外では最近話してなかったから久しぶりで、妙に制服姿が新鮮に感じていた。哲さんは麻日奈とはこんな風に話すことなんて滅多にないのだろうな。そう考えてしまった瞬間、自己嫌悪。俺は馬鹿だ、本当に。
出ないでくれと思うのに、勝手に出ていく言葉が恨めしい。

「麻日奈」
「ん?」
「お前、さ。…哲さんのことを。」

その名前を出したその瞬間。よくグランドで見かける哲さんを追いかける、麻日奈と重なる。ああ…遅すぎた、そんな後悔のせいで情けなくなりそうな顔を隠すのにその時はただ必死になっていた。

─‥

それからは諦めようと思う気持ちはあったけど、そう簡単に諦められるものでもなく。麻日奈を見る度に目で追っていってしまう自分に、段々と嫌気がさして来ていたそんなときだった。

「麻日奈が哲さんにふられたって、知ってたか?」

ある朝、倉持がそう俺に言ってきた。朝食をとったあと食堂を出て、学校へ行く支度を始めようと寮の部屋に向かう途中の出来事だった。なんの前触れもなく発せられたその台詞には随分と俺は驚かされた。倉持の顔をよく見ようと顔を向けると、よかったなと悪い顔で笑っていた。この笑みで俺は全てを理解した。こいつは俺が麻日奈のことを気にしてることや麻日奈が哲さんを見ていたことを全て把握していた。…本当にこいつは人の顔をよく見てる。俺は感心していた。

「ま、これでお前は傷ついた麻日奈につけこめるってわけだ。」
「するわけねーだろ、そんなこと。」

倉持の言葉に少し腹が立ち、やつの横を素通りしてそのまま部屋に入ろうとした。でも、ドアを閉める直前に嫌でも声は聞こえてきた。

「チャンスだとは思わねぇのかよ、馬鹿なヤツ…」

あいつは俺を気遣って言うようなやつではないから、たぶんからかい半分だ。最後の言葉だって何を臆することがあるんだ、変なやつとそういう意味でのものだ。
なのに、どうしてこんなにも俺は驚喜しているんだろう。どうしてこんなにもあいつに今会いたいと思っているんだろう。…最低だろ、俺。
手早く着替えてから学校へ行く、朝の教室にはもう人はかなり来ていて、朝練をしていた他の部活の連中も揃い始めていた頃、俺は席についた。麻日奈は俺よりも早く来ていた。普段と何も変わらない様子で何かのプリントを眺めてるあいつは、ふられたとかまるで気にしていないようにも見えた。傷ついてるとか傷ついていないとかそんなものは、今のあいつの表情からは全くといっていいほど読み取れない。だから、少し話をしてみようという気が僅かにわいてきた。倉持の言っていた通りつけこむってわけじゃ決してない。
それから数時間の授業を受けた後、学食では流し込むように昼食をとった。友達と昼休みを過ごそうとしていた麻日奈を引き留め、2人きりになった。

「麻日奈、お前さ…」

いざとなると言葉が出てこない。麻日奈は俺をずっと見ている。その視線から逃れるわけにもいかない、そんな事を考えながら慎重に言葉を選んでいた。

「もしかして、聞いた?私がふられたこと。」
「え…」

麻日奈からその言葉が出るとは思わなくて、戸惑いながら頷いた。そんな俺の様子に何あんたが気を遣ってんの、と明るく言われる。それから麻日奈は急に黙って笑った、悲しそうに。

「知られたくなかったなぁ、御幸には。」
「…何でだよ。」
「なんとなく。」

そう言うと壁にもたれかかり俺とは目を合わせないようにした。だから俺も麻日奈の横に並ぶようにした。

「夏の大会前には言おうって思ってた。こんな気持ちを抱えながら挑むことなんて、私には出来ないから。」
「…」
「結城先輩は、今は野球の事だけに集中したいからお前の気持ちにはこたえることは出来ない、本当にすまない。って…言ってた。」

声のトーンがだんだん下がっていくのが分かる。こいつが今どんな顔をしているのかは気になってはいた。でも、見てはいけない気がした。本当に悲しんで泣きっ面だったら、本当に哲さんを好きだってことを証明することにもなるから。

「…馬鹿だよね。」
「?」

その単語はあまりにも今出てくるには不釣り合いで、わけがわからなかった。だから見てしまったんだ。つい顔を。

「謝らなくたっていいのに。私はあの人のそういうところが好きなのに…」

見て後悔した。分かってたはずなのに、いざ言われると…心臓が掴まれたみたいに痛い。

「ほんと私って勝手だよね。これで私の想いが、あの人の重荷になる。夏の大会前って言ったって別に私が戦うわけじゃないのに。」

最後は泣き声のように小さな小さな声だった。
歩いて行く背中をただ見つめることしかできなくて、独りにさせてはいけないとは思ってもかける言葉が見当たらなくて。動けなかった。

麻日奈が哲さんを好きだと言うことは分かってはいた。直接聞いて、先程傷ついた。なのに、何で今はあいつの口から私が戦うわけじゃないのにって言葉が出たことをこんなにも気にしているんだろうか。普段は男勝りで私達だって一緒に戦ってるとか主張してくるやつなのに…らしくねーよ。

そんなこと言うな。

そう思った途端、体が自然と動いていた。見えなくなっていた麻日奈を急いで追う。突き当たりで曲がろうとするあいつの背中がどんどん近づいてきて、思わず俺は腕を掴んだ。驚いて振り返る麻日奈の目には涙が浮かんでいる。

「…御幸?」

麻日奈の後ろの壁に腕をあて、今までにない距離にある顔を見ると、麻日奈の瞳が俺をしっかり捕らえていることがよく分かる。何を言うかなんて考えるまでもない。


「好きだ」





俺もほんと勝手だよな



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -