▼ 大好きよ
夾と会えたのは幸せな新婚生活を送り、あの人がまだ優しかったときだったね。小さな命が宿っていると聞いたとき、すごく嬉しくて何もかもが愛しく感じていたのよ。
ねえ、夾、大好きよ。
夾は人とは違う子で草摩の中でも忌み嫌われる猫憑きで、この子が将来どのような人生を歩んでいくのか考えたとき可哀想でならなかった。この子はずっと一人で生きていくの?誰も愛さず愛されずに、保証もなしに、ただ淡々と来るべき日まで…考えるだけで堪らなかった。押さえきれない涙が込み上げてくる日もあった。
でも、貴方は私の暗い部分なんて知らなくて、自分の将来だってまだ分からなくて、生きているね。
オレンジ色で太陽の光に当たるとまるでお日様みたいで、オレンジ色の目をぱちぱちと開けては閉めて私を見つめていて、ただお母さん、お母さんと私を呼ぶ声は私の救いなのよ。
本当は思いっきり抱き締めて名前を呼んで、いくらでも本を読んであげたくて、遊んであげたくて堪らない。
私ね、時々貴方の未来を想像してたのよ。私の背なんて追い越して、学校に通って、そのまま家を出ていく姿を。
でも、未来は決まっているのよね。
だったら、いっぱい愛してあげたい。どんな形でも、ひしゃげて歪で淀んでいても、夾が少しでも笑顔でいられるように。
夾、夾、手を繋ごう。
いつか離れていくなら、今いっぱいいっぱい繋いでおこう。
小さな手が離さないように、握りしめてくれるこの小さな手が可愛らしくて、愛しくて、切なくて…
何で、この子なのかな。
こんな頼りない私に、頼るしかない小さな夾がこんなに一生懸命生きているのに。ずっと一緒にいてあげたかった、私はこの子より先に死んでしまうのは決まっているから。限りある命をこの子のために使ってあげたくて何からも守ってあげたい。
生まれただけで偉いのよ。生きてくれるだけでいいのよ。
でも、それでも望むとするならば、夾の笑顔かな。いつか現実と向き合う日がくるまで、数多くなくていいから。心から、笑って、笑えなくてもなにか手放したくない物や生きがいをもって欲しい。大事なものを大事な人を作って、諦めないで欲しい。
お母さん、欲張りかな?
貴方が将来、もって生まれたものを憎んでも、来るべき未来を恐れても、お母さんは貴方の笑顔を、幸せを望むよ。
どうかこの先が見えなくても、せめて今だけは一緒に歩むことを止めないから。
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