▼ 青道高校1年生
『小湊と話せるようになったんだな』
『うん!それから貴子さんとも友達になったよ。』
『…よかったな』
あの後、帰り道で私達の会話。その時、哲くんは微笑んでくれたけどどこか悲しげなのが分かっていた。でも私はわざと気づかないふりをした。
こういうのを"逃げてる"って言うんだろうな。
─‥
次の日、私は物陰から見ているのをやめた。
哲くんの近くでまた前のように見守ろう。
そんな気持ちを胸に、素振りをする人達を見ていたら案の定話しかけられた。なんか明るくてよく通る声の人に。
「あれ、今日は隠れないんだ?」
「え?あっ…はい」
「.....ずっと気になってたんだけどさ..」
頭をかきながら言葉を選んでいるような態度に、何を聞かれるのだろうと思いながら言葉の続きを待っていると、高校生の男子らしい面白い質問がきた。
「哲の...彼女なの?」
「へ?」
あまりに見当違いな質問に、間抜けな声が出てしまった。
「...え、違うの?」
「....っ、違いますよ」
なんだか可笑しくて、笑いながら答えると私のその返答に素振りをしていた人のほとんどがこちらを向いた。
「「「「「「え、違うの?」」」」」」
「違いますよ、て言うか皆さん...今までの会話聞いてたんですか」
練習中はすごく真剣で直向きなのに、こういうとこはほんとに男の子なんだな。
ぞろぞろ集まってきた人達に少し私は戸惑ってしまい、助けてほしくて哲くんを見ようとしたら亮さんが助けてくれた。
「哲の親戚だよ。知らなかったの?」
「知らねーよ」
「試合に出てない、俺達にファンがいるわけないし」
「哲と一緒に帰るの見たやつが何人もいるから、彼女なんだろうってなったんだよな」
そんな会話の内に隣に来ていた哲くんを私は見上げ、哲くんは私を見下ろし顔を見合わせる。
「....なんか知らぬ間にすごいことになってたね。哲くんは知ってた?」
「ああ。ちゃんと親戚だって言ったけどな」
一体どうしてこうなったのか…伝言ゲームみたいで面白いけど。
ふとバットが風を切る音に気がついてその方に視線を移すと、いつの間にか伊佐敷さんが素振りをし始めていた。そんな姿を見て哲くん達もまた自主練に戻っていく。
ほんとに…真面目。
感心していると、さっきのあの人がまた来た。
「そう言えば名前はなんて言うの?俺は楠木文哉」
「あ、私は桜です」
「へぇ、桜ちゃんって言うんだ」
「...あのー...いいですよ、呼び捨てで」
気になってたのかな…?
楠木さんはそれを聞いた途端によく通る声で皆に声をかけてくれた。
「この子桜って言うんだってさー。呼び捨てでいいらしいよ」
突然そんなことを言うから、びっくりして楠木さんを見ると、楠木さんはニッと笑った。
…なるほど。皆に教えてくれようとしてたのか。
楠木さんの言葉に皆それぞれ反応を示していたわけだけれど、ある3人組は私たちの前にやって来た。
「楠木、抜け駆けはズリーぞ。俺は槙原」
「俺は斉藤」
「俺は桑田」
「「「よろしく!」」」
「..あ、こちらこそ」
丁寧にお辞儀をした私にいえいえこちらこそと慌てた様子で3人もお辞儀をした。
それからした会話は本当に他愛もなくて、ここまで野球漬けだと彼女も出来ないんだよなと言う言葉にはつい笑ってしまっていた。
「なんだ全然普通に喋れるじゃねーか」
「こんなんだったらもっと早く話しかけりゃよかったよな」
「...俺はてっきり人間嫌いかと..」
「...違いますよ。おそらく」
そう言う私に顔を見合わせて3人は笑った。そう言えば知ってるか?と聞かれて何をと首をかしげるとあいつらの名前だよと槙原さんは言った。
言われてみて気がついた。確かに私はこの人達1年生をよく知らないうえに名前すらも知らなかったことを。
「あの坊主頭が遠藤で、その隣が門田」
「あのツンツン頭は坂井、筋トレしてんのは宮内。あのでっかいのは丹波」
丹波さんって投手なんだろうなきっと、タオル使ってなんかやってるし、背も高い、180以上はもうあるのかな?
「…あ、あとの人はわかりますよ。あの大柄な人が増子さん、小柄なのが亮さん。…で、怖い顔してるのが伊佐敷さん」
「怖い顔って…ハハッ、まー今日来てるのはこれくらいだなー。って言うかいつの間に小湊と仲良く…」
「昨日少し話したんです。…あの、最近になって1年生だって知ったんですけど、あのすごい活躍してる人ってなんて名前ですか?」
「あぁ、あれはクリス。滝川クリス優だ」
クリス…ってもしかして、お兄ちゃん大絶賛のあの人なのかな。もしそうだとしたらさすがだな、青道で活躍することがどれだけすごいことか。
あ、いけない。これも聞いとかなきゃ。
「伊佐敷さんの名前って何て言うんですか?」
不思議に思ったのか、少し間をおき答えられた。
「…?…純だけど」
「!!」
勇じゃ、ない…!
今日は1年生の人と話すことが出来た。不作なんて言われ、どんな人達なんだろうと思ってたけど、とてもとても真面目で仲のいい、素敵な人たちだった。
喋れなくて見てるだけだった私をこの中に入れてくれた亮さんや貴子さんには、感謝しなきゃいけないよね。
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