▼ 話せるように 2
私達は少し移動しベンチに座ってお話しを始めた。
「じゃあ、まず俺から」
「はい、お願いします!」
身構える私はまたクスクスと笑われる。
この人いつも笑顔だ。もしかしてこの人私が可笑しくて笑ってるんじゃなくて...いや、そういう時もあるんだろうけど、普段からこういう笑顔なのかな。
最近まで笑うことができなかった私にとっては、少し羨ましく思えた。
「名前は何て言うの?」
「桜」
「俺より年下だよね?」
「はい、中学2年生です」
「哲とはどういう関係なの?」
「親戚ですね」
「…」「…」
止まった会話を不思議に思って横を見ると呆れた顔してこちらを見られていた。
「これじゃあ俺がただ質問攻めしてるだけでしょ」
たしかにそうかこんなの会話じゃないよね。私も何か聞いたりすればいいのかな…
「...お名前は?」
「小湊亮介」
私は学年はもう知ってるし...ま、まずい。会話が続かない...どうしよう。
「....えっと..身長は?」
「....それって....聞く必要ある?」
あれ、なんか言葉の端々に...。気に障ることを言ってしまったんだ。
「...ごめんなさい」
「全然だめだね」
「...はい、すみません」
あーやってしまった。やっぱり練習なんて無理だ…私には。あーむり…
そんな私の心の中の懺悔を察したのか、小湊さんはもう謝らなくていいよと、また笑顔。
うん、許してくれてるのか分からない。
「名字は知らないし、俺より年下だから呼び捨てでいいよね」
「..どうぞ」
「俺さ、桜と同い年の弟がいるんだ」
弟...同い年..兄。
そんなワードが次々と浮かんできて興味がわいてきた。
「やっぱり弟さんも野球...やってるんですか?」
「うん。俺と同じポジション。何でも俺のあとをついてくる奴でさ…」
「へぇ…私、なんとなく弟さんの気持ち、分かりますよ」
「…そう?」
そう言うと小湊さんは溜め息をついた。鬱陶しく思っているようには見えないけど、でも何か思うことがあるようだ。
私には上の気持ちは分からないけど、下の...妹や弟としての気持ちは分かるつもり。
だから、これだけは言える。
「憧れなんですよ、お兄ちゃんって」
「!...。」
「....先に生まれれば必然的に何でもお兄ちゃんが先にやることになるじゃないですか、やっぱりそういう姿を見て追いかけたいって思うんですよ、下の人って」
「…」
「私だって...男の子なら絶対真似してると思います」
「.....お兄ちゃんいるんだ」
さっきの表情と比べて柔らかくなってくれた小湊さんに一安心した。
でも、小湊さんの言葉には…答えることはできなくて、曖昧に笑って誤魔化した。
…無理だよ。もういませんなんて、今の私には言うのはキツすぎる。
これ以上先を聞かれてしまうのが嫌で、私は小湊さんが言葉を発するより前に自分の言葉で遮った。
「小湊さんは…ずっとお兄ちゃんって呼ばれてますか?」
「いや、今は兄貴」
「..じゃあ....前は?」
「…」「…」
あれ?なんかまずいこと言ったかな…?
そんなことを思っていたら、小湊さんの蚊の鳴くような声を聞き取った。
「..... 亮ちゃん 」
かわっ…!
「今可愛いって思ったよね?」
「…思ってません」
これまたいい笑顔で小湊さんは私を威嚇。どうしよう。超怖い。
あ、でも怖いもの見たさは少しある。
「.....あの、小湊さん?」
「何?」
「...私も亮ちゃんって呼んでもいいですか?」
「ダメ」
やっぱり。
「じゃあ...亮さんは?」
「.....いいよ」
やっぱり。.......え!?
思いがけない返事にびっくりしているうちに、亮さんは歩き出す。私も置いていかれまいと慌ててベンチから立ち上がった。
「思ったより話せるじゃん」
「え?そっ...それは慣れてきたから..そこそこは...」
「俺がどうして桜と話そうと思ったか知ってる?」
「…知らない」
目障りだったからじゃなかったの?
「マネージャーだよ」
「貴子さんが?」
「うん。…物陰からいつも覗いてるあの子に話しかけて欲しいって頼まれてさ」
「他には何か言ってましたか?」
「…昨日のお礼って言ってたよ」
おにぎり…
貴子さん、こっそり覗いてること気にしてくれてたんだ。
なんか嬉しいな…
「じゃあ明日は他の人と話せるよね?」
「え」
亮さんのはいと言う返事以外言わせない雰囲気に、やっぱり人は見かけによらないなと思ってしまった。
でも本当に明日はもっと他の人と話せるように…なるといいな。
そんな願いをを胸に私を待つ哲くんのもとへ2人で向かった。
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