▼ おにぎり
強くなりたいという哲くんや伊佐敷さん達の思い。それは周りの1年生達にも伝わっていき、素振りをする人の数は日に日に増えていった。
そして私はというと…居場所がない。
なんかこう…人が増えると入って行きづらいというかなんというか。
今日も私は物陰から1年生達を見守るだけ。
「どうしたの?」
「!」
うわって声出そうになった…危ない危ない。
後ろを振り向けば美人な女の人が立っていた。
綺麗な人…、でもここで女の人を見るなんて珍し…!もしかして。
「…マネージャーさんですか?」
「ええ、そうよ。1年のね」
お〜やっぱりだ。グラウンドで見たことあったんだよね。哲くん達と同学年のマネージャーさんかぁ。
「…あの、…何か?」
「どうしてこんなところで見てるのかなって思って」
「…」
マネージャーさんのその言葉に私はまた彼らを見る。
「上手く…話せないと思うから」
「緊張しちゃうの?」
うなずく私にマネージャーさんはそっかと微笑み、私のとなりにきた。そんな姿に戸惑っていると。
「毎日来てるってことは、野球好きなのね」
「いいえ」
「え?じゃあなんで…」
「…好きだから。…直向きに..頑張る姿が」
そんな姿を見て、私も生きていこうと思うことができた。
「…そっか」
またしても綺麗にマネージャーさんは微笑んでくれた。
本当に綺麗な人…だなぁ。
「マネージャーさんは...野球..好き?」
「ええ!選手達を応援したいって気持ちはもちろんあるけど、自分自身も好きでなければこの仕事は続かないわ」
「へぇ...なんかそういうの素敵ですね」
「そう?」
「はい!」
女の子でもこんな熱意のある人に私はとても感動して、いつの間にか笑みがこぼれていた。
マネージャーさんはそんな私の様子に驚いている。あれ…?私なんか変だったかな。
「ちゃんと笑えるじゃない」
「へ?...私、普通に笑えますけど」
ま、最近まで全然だったけどね。
「初めて見たのよ。今までずっと暗い顔して練習を見てたじゃない」
この人、私のこと知ってたんだ。
それより暗い顔してたなんて…そりゃ伊佐敷さんの目につくわけだ。
「…ねぇ、提案なんだけど」
「?」
「一緒に差し入れ作らない?」
「....え、いいんですか?私がマネージャーさんと一緒に作っても」
「もちろん」
…なんか楽しそう。
ちょっとした好奇心でマネージャーさんについていくと、食堂に入っていった。初めて入る食堂にキョロキョロしていると、調理室にはいくつかおにぎりが作ってあった。
エプロンを借りて手を洗い、私もおにぎりを握っていく。
…哲くん、喜んでくれるといいな。
「あの、マネージャーさん…」
「私の名前は藤原貴子。貴子でいいわよ」
「...じゃあ、貴子さん?」
「呼び捨てでいいわよ。ため口でも構わないわ」
よっ...呼び捨て!?ため口…なんて。
「私年下なんですけど…」
「いいじゃない、こうしておにぎり作っている仲なんだし。あ…そう言えば貴女の名前は?」
「..桜」
お兄ちゃんが亡くなったことが他校の人にまで伝わっているわけないとは思うけど、名字教えたら...どういう反応をするのだろうか。それが怖くて伊佐敷さんにも言えなかった。何か聞かれないかと、不安げに私が貴子さんを見つめると、それは杞憂に終わった。
「..桜さん、桜ちゃん...桜?うん、やっぱり桜ね」
「貴子さん?」
「桜、何か1人で抱え込んでいるのなら誰かに相談するのが吉よ」
「...?」
あれ…何で分かるのかな?もしかしたら東京の人はエスパーなのかもしれない…。
そんなことを思いながらおにぎりを握っていたら、貴子さんは私の握ったおにぎり達を見る。
「それにしても、上手いわね」
ため口…
「…そ、そうかな?まぁ、よくおばあちゃんのお手伝いしてるし。…貴子さんのおにぎりは…ちょっと…」
「やっぱり大きい?」
そう言う貴子さんは苦笑い。
貴子さんの一生懸命作ったおにぎり達はとても大きくて、大人な印象の貴子さんのまだまだ1年生な一面を私は可愛く思い、つい笑っていた。
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