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▼ 倉持先輩 1

栄純の話を聞いた後、私は嬉しくなり2年の洋一さんの教室に向かった。休み時間もそろそろ終わってしまうから、早くしないとと思い小走りになり多くの人を掻き分けていく。たどり着いた2-Bの教室に、洋一さんはいるかどうかはわからなかった。それからうろうろして数十秒。私は即後悔したわけで…。

あー栄純連れてくれば良かった〜

洋一さんを呼び出す為に誰かに声を掛けるのもドカドカ教室に入って行くのも、なんか恥ずかしい。 ...どうしよう。
そうして困っていると、後から聞き覚えのある声がした。

「どうしたの?桜ちゃん」
「!...御幸さん」

ちょっと驚いたのは、さっきまで話題に上がっていた人物だからだ。意外な一面を知ってしまいはしたけど、やっぱ御幸さんだ。
声かけてくれるとこ、優し〜

「倉持?」
「え?...あ、はい!そうです」
「たぶんあいつもう少ししたら、戻ってくると思うよ」
「あ、ありがとうございます」

私がそう言うと、御幸さんはいやいやと手をひらひらせた。

御幸さんと言えば、私はまだ知らないことが多い。洋一さんと同学年で、雑誌に載り周りからも注目されるほどの選手。と、言うことくらいしか知らない。現に今さっきその性格を知ったくらいだし。どうりで洋一さんが性格悪いと言うわけだ。
でも、悪い人ではないと思う。野球を今まで続けてきたと言うところが、私としてはすごいことだから。おそらく小学生から今まで、こんなに長い間ひとつのことを続けられるって、簡単なことじゃない。

そんなことを、考えていたら御幸さんは話すことがなくて黙ったと思ったのか窺うように聞いてきた。

「学校、楽しい?」
「...はい。友達も出来て、ほんと毎日楽しいです」
「そっか」
「はい」

それから、何か考えてる様子をした御幸さん。気を使わせてしまってるのかな?
なんか、私からも話した方がいいよね。…えーっと。

「家族と離れて寂しくない?」

御幸さんの方が話始めるのが先だった。

「おじいちゃんとおばあちゃんとは…テレビ電話とか使って定期的に話しはしますよ。でも、今までとは違うので…少し寂しいですけど」
「うん、そうだよね。...じゃあ、お父さんとはどう?」
「あ、お父さんとは今離れてて。都内なんですけどね」
「そうなんだ」
「でも、今週末にでも会いに来るって言ってて...。ふっ、ほんと親バカで」

お兄ちゃんが生きてた頃は、お父さんがこんなことするなんて思いもしなかった。当たり前になって来てしまったこの日常を大切にしたい。貶しながら、そう思っていた。

「...よかったね」

御幸さんはその言葉と同時に、穏やかに笑ったような気がした。でもそれを確認しようとすると、御幸さんは私の頭を軽くぽんぽんしてそれを遮った。

あ...これ、前もしてくれたやつだ。安心するんだよね。たしかこの時洋一さんが....

そうしている内に、じとーっとした目でいつの間にか私達を見ていた洋一さん。
いつからそこに?

「男の嫉妬は見苦しいぜ?洋一さん」
「うぜぇ!」

そうして、逃げていくように去った御幸さん。
横目に見つつ。
「焼きもちですか? 洋一さん??」
「...うっせ」

何だか可愛く感じてしまって、バレぬよう口許を隠して笑っていたらペシッとおでこを軽く叩かれた。

─‥

『ただいま〜 ヒャハハハ 勝ったぞ沢村〜!春の大会ベスト16決定。つーことでさっそくお祝い格ゲー大会〜!イエー!!』
『....』

同室の倉持先輩が帰ってきたが、その日の昼間の出来事がショックすぎて返事をする気にもならなかった。そしたら蹴られた。

『コラ....先輩を無視すんなよ!』

泣き顔を晒すとさらに蹴られまくり...
『まだ落ち込んでやがんのか?ウチにはなー投手になりたくてもなれない奴は何人もいるんだよ。それでも他のポジションで頑張ってんだぞ!』
『....』
『大体、監督にたてついてまでチャンスもらっといてあれはねーだろ。そりゃあ練習にも参加させてもらえねーわ!』


─おぉぉぉお らあぁ!

─!! うぉっ飛んでんぞ! フェンスまでいくんじゃねぇか?

─いけぇ〜〜〜〜!

その時沢村の遠投は曲がり、フェンスを越えるどころかとんでもない方向へ飛んで行った。

─あああ〜 なぜ曲がる〜!?

監督はなんか気づいたみたいだけど。
周りはそれで大笑い、俺も含め ヒャハ

─答えは出たようだな、約束通り....投手は諦めてもらうぞ!

─ちょっと待って今のは...
─練習には参加させん!ヒマなら走ってろ!
─え〜

─‥
『ヒャハハハハハ あん時は笑ったぜマジで!! お前今までどんな環境で野球やってたんだよ!あそこでカーブはありえねぇだろ!
お前記録よりウケ狙いやがったな ヒャハハハハハ』

うるせぇ....
誰が狙ってカーブなんか投げるかよ....くそっ...ホント情けねぇ..
フェンスに届くどころか..俺って真っ直ぐな球も投げられねぇ奴だったのかよ...。

さんざん笑い俺に背を向け、倉持先輩はテレビを見ながら呟いた。
『お前この先1年間は、チャンスもらえねぇかもな〜 』

その言葉にパッと俺は起き上がる。
後から姿だけど顔を見なくても分かる、絶対悪い顔をしてる。

『他の1年はどんどん試合にデビューしていくのにお前一人だけ毎日ランニングだ ヒヒッ』
『...』
『どうするよ? お前オリンピックでも目指すか?
マラソンランナーとして♪ ヒヒヒッ』
『!!!』

俺を見てニヤリと笑う倉持先輩は、悪人そのもの。さっきの想像よりも酷い、正しく悪魔。

『ヒャハハハ 冗談冗談 "お前ごとき"がオリンピックに出れるワケねーしな! こんなことぐれぇで落ち込む根性なしは、何やっても中途半端に終わるだろーよ』

ごとき!中途半端〜?
ちくしょー、好き放題言いやがって。
さすがにキレてベットから出た。

『だぁ〜シャレになってねぇぞ!! いくら先輩でも言っていいコトと悪ィコトがあんだろ!!』
『お...やんのかコノヤロー』

倉持先輩は俺にクイクイっとかかってこいと余裕の立ち振舞い。
チクショー。

『うるせぇ!!ゲームばっかやらせやがって!!遅刻したのだってアンタが遅くまで俺を寝かせねーから.. え?』

俺が色々言っている間に、先輩は俺にガッチリ技を極めてきた。
バタバタと動いてみるが抜け出せない...

『目上に対してのタメ口は御法度だぜ!オラァ〜!』
『だぁ〜 ノイゲラかこの人〜』
『(あれ?痛くねーのかこいつ....ガッチリ極めてんのに..)』
『放せっ!!』
『(もしかしてあのナチュラルに曲がるボール こいつの身体に関係してんのか?)』

やっとの思いで脱出(解放された)
なんなんだよ...ホントに桜やつこの人と付き合ってんのか..信じらんねー。見る目ねーよ。
それだったらまだ...
一度考え始めたら、なんだか虚しくなって泣けてきた。

『ちくしょ〜後輩虐待だ。訴えてやる』
『泣くなよ!利き腕は勘弁してやったんだからよ』

そういえば技をかけられたのは右腕だった。
先輩はまたテレビを見ようとして背を向けた。

『ま....落ち込む気持ちも分からんでもないけどな...けど、お前にはあと3年..正確には2年半もあるじゃねぇか..』
『え?』

その言葉に先輩の方を向く。

『増子さん、最近帰ってくんの遅せぇだろ? あの人は三年生だかんな....もう後がねぇんだよ。今頃一人でバットでも振ってんじゃねぇのかな...』

言葉が出ない。

『ウチのサードのポジションは競争率が高いとはいえ....この前の試合でたった一度だぞ。
たった一度エラーしただけで..レギュラー外されちまったんだよ....』
『!』
『エースになりたい四番を打ちたい..レギュラーになって試合に出たい.. そんなもんここに来た連中なら誰だって思ってるさ。けど..現実はたった9つしかないポジションを、100人近くいる部員同士で奪い合わなきゃならねぇんだ....
結果を残した者だけが生き残り、他の者は次のチャンスをただひたすら待つしかねぇ....
不安なのはお前一人じゃねーんだよ』

振り向くことなく倉持先輩に言われたその言葉。それは俺にとって重い言葉だった。

府に落ちる。正しくそれだ。
厳しい現実は、俺だけじゃなく他の部員にも言えることだ。それは俺の今思う気持ちを誰しも抱えているって言う事なんだ。

『....』

じゃあ、何をすればいい?
そんなの、...俺に今出来ることをするだけだろ。
そう思うと、今までの自分を後悔した。

「って、栄純が話してくれたから」
「...あのバカ」

洋一さんは、余計なことまで言いやがってと悪態をつきそっぽを向く。私に知られたのが、恥ずかしかったのか気まずかったのか。そんな様子に私はまたしても笑った。

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