▼ 受験の日 1
若菜ちゃんはあれからあまり元気がない。話をしていてもあからさまに東京にいくという話は逸らされてる気がするし、私からもあまり口には出してはいない。
こんなとき私はどうしたらいいのだろうか。
誰も傷つけることの無い道を進んでいけたのならよかった。正しい選択で、正しい場所で、最善の策を。でも、人生はきっとそんなものじゃないんだ。皆、きっといろんな間違いをして、いろんな壁にぶつかって…そうしながら生きていくのだろう。
だから、これは私の試練なのかもしれない。
自分で決断した道を進むためには、お別れも絶対に必要なのだから。
そんなある日、栄純は尋ねてきた。
『お前ら喧嘩でもしてるのかよ?』
『...!』
喧嘩? 若菜ちゃんと??
今まで喧嘩という喧嘩なんてしたことなかった気がする。
おやつにおせんべいの入った袋を一袋渡されて、均等に分けたら栄純が一枚多い事態になって取り合ったりだとかしたときだって、若菜ちゃんは自分の分を私にくれようとしてくれたし…あれ?でもあの取り合い、結局お兄ちゃんが俺が食べれば話は丸く収まるだろとか言って、横取りしたんじゃなかったっけ?そう言えば誕生日ケーキも均等に分けたはずなのに栄純が大きくなって…あれ?でもそれもお兄ちゃんが俺が食べれば話は丸く収まるだろとか言って…
『おーい 人の話きいてるかー』
『...』
若菜ちゃんはやっぱり嫌なんだよね…私が長野を離れてしまうことが。嫌と言うよりは寂しいんだ。なんだかそういう気持ちがよく分かる。たぶん…それは私も同じだから。
『おーい』
『うるさい、黙れ、栄太郎。』
『俺、栄純!ってか話きけよっ!!』
─‥
時は流れお受験の日は来てしまったわけで、私は青道高校の一般入試を受けにきた。
若菜ちゃんには受験の話はしたのだけれど、頑張れと寂しそうな顔で言われたのだった。
青道に来たのはいいけど、....ちょっとびびってるかも 知り合いなんていないし。それにしても結構人が多い。
とりあえず深呼吸…よっし!頑張る。
─‥
「あー!!!!!!」
お昼休憩に入り、私は外で出て叫んだ。
試験はまあ大丈夫なんだけど、試験中のあの雰囲気に疲れた。
そんなことを思いつつ、お弁当を食べていたらある男の人が目についた。
お!大きいー体格いいー!あの人野球やってくれないかなー。
せっかく青道に受かるかもしれないんだし......き、聞いてみよう。緊張するけどこれは哲くん達のため!
意をけっして男の人の前に私は立った。その人はなかなかの顔立ちの整った人で、それでいて無表情。結構いい.....。
洋一さんの方が千倍好きだけど…って何余計なことを考えてるの。
「あ...あのっ」
…なんて言えばいいだろう。やばい、恥ずかしくなってきた。
「? …なに」
「やきゅう.....」
「?」
「やき.....ゅう...」
何、野球で照れてるのばか。
「......野球やりませんか!!」
超早口で言ってしまった。その事気がついたとき、たぶん私の顔は今真っ赤、私って相変わらずの人見知りかも。
「やってる。」
「え? 今なんて??」
「野球はやってる。」
やった〜!!!!!!!私って目の付け所いいかも!
「ポジションはどこ??」
「投手。」
「.....」
投手…栄太郎と一緒…つまりライバル!…つまり敵!!
「あ、やっぱり野球やらなくていいです。今までお疲れさまでしたー。」
「(ガーン)」
周りを見渡すと人がもうまばらになっていた。…あ、ヤバっもうこんな時間だ。私は走ってその場をはなれて行った。
試験中。
知識を絞りだしまくっているとふと目についた。
「(ガーン)」
「....」
あの人...ちょっと悪いことしちゃったな。
試験後
「(ガーン)」
「あのっ!さっきはごめんなさい」
「え?」
「さっきは...その..私の友達も投手だからってことでちょっと馬鹿なこと言っちゃって...でも、よく考えたらライバルって良いものだよね。だから! 私の言いたい事はつまり...さっきは本当にごめんなさい!!」
勢いよく頭を下げて返事を待つと、意外な返答がかえってきた。
「...別に、謝ることじゃないよ。」
「許してくれるの?」
「怒ってないし。」
おぉ!いい人だ、この人!
感動していると、大事なことを聞き忘れていたことに気がついた。
「あの、名前は?」
「降谷 暁。」
「降谷君、ここでも野球続けてね。」
その時、驚いた顔をしていたように見えた降谷君を少し不思議に思ったけど、私は頑張ってねと笑顔で伝えた。
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