▼ 伊佐敷純奮闘物語 その3
準決勝で青道は稲実に負けた。やっぱり悔しくて涙が出た。でもそれは皆も同じなんだ。
3年生達は寮を出ていき、それが俺達の世代の始まりと言うことを否が応でもかんじさせられた。
新チーム始動前、監督は休みをくれた。かといって遊ぶ気や帰る気もなかった俺は、素振りをしようとバットを持って歩いていたら、気付かずに通り過ぎてしまいそうな場所にあいつはいた。
何やってんだ? ってか久しぶりだな、来てたのは哲から聞いてたけど…。俺達の邪魔しないようにとか思って、気を遣わせちまったのか?
「桜、どうしたんだよこんなところで。」
「純さんこそどうしたのこんなところで。」
「質問してんのはこっちだろ、質問返ししてんじゃねーよ。ちなみに俺はこれから素振りにいく。」
そう言って桜にバットを見せるとなるほどと言う顔をした。
「...私、今日は何しに来たんだろうね。」
「は?」
「あまり深く考えてなかったの。皆と会うの久しぶりだし...ただその.....負けちゃったし。」
この時の桜は俺にとって意外な顔をしていた。直ぐに顔に出やすいこいつのことだから、きっと戦った俺達よりも悲しそうにしてると思ってた。
でもこいつは…
「純さん、副キャプテンになるって本当?」
「!....お前っ!誰からそれを....」
「哲くん」
あいつぅぅう!俺が先に伝えるつもりだったのに!!
「哲くんは満場一致でキャプテンに決まったでしょ。」
「それも哲から聞いたのかよ?」
「違うよ。」
「あぁ? じゃあ誰かに聞いたのか?」
「分かるよ教えてもらわなくたって、皆はきっとそうするって、分かるよ…」
「お前...」
「皆の努力見てきたもん。成長してるよ皆、 きっと純さんも。だから...頑張ってこれからも。」
桜は微笑んだ。
よく泣いていたあの桜が誰もが泣いた準決勝の試合で、
一滴も
俺達の前で涙を見せることがなかった。
─‥
「意外だよね、桜が泣かなかったの。」
「あー」
そう言う亮介はいつもの笑みだ。なんだか桜の態度があっさりとし過ぎていて、なんだか俺は少しだけ寂しかった。俺達の会話を聞いていた哲は突然、そうじゃないと呟いた。
「泣いていたんだ、本当は。俺達の誰にも見せることはなかったけれど。…ただ彼奴は強くなろうとしてるだけだ。」
「…」
俺達の手を離れていく寂しさは少し感じるようにはなった。けれど…。
そうだな。
成長してるのは俺達だけじゃねー、お前だってしてるよ。
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