▼ 友人 栄純 2
「え?栄太郎青道に行くの??」
「行くつっても見学だからな。」
そう言う栄純はなんだか不機嫌そうだ。一体どんなスカウトをされたのだろうか?
「ふーん…」
「あの女偉そうに!どんなもんだか見てきてやるよ。」
「そう。」
礼さんどっか強引で天然だからなー。
栄純、哲くん達の勇姿を見てきてね!
─‥
栄純は東京に行ってきた。帰ってくると皆は盛り上がって祝福をした。
「あ....栄ちゃん!」
「おめでとう、やったね!」
「おめでとう。」
「おめでとう、栄ちゃん!」
「え?」
「あの青道高校からスカウトされたんでしょ? これはもう歴史的快挙だよね!」
「......」
黙る栄純はどう言うことだという顔で黙っている。
「昨日、栄ちゃん家のおじいちゃんがウチに来て話してたよ!」
「ウチにも来たよ!」「ウチも!」
栄純の青道からのスカウトの話はもう皆に伝わっているのは栄徳さんのせい。栄徳さん(栄純のおじいちゃん)が来て随分と自慢げに話していたことを思い出す…。
そういえばお兄ちゃんの時も栄徳さんがいい振り回してた、自分の孫でもないのに。
でも本当に行くのかな、そう思って見ていると若菜ちゃんは言う。
「つーかさ…どうせ栄純の学力じゃ私達と同じ高校は無理なんだし、迷ってる場合じゃないでしょ!」
「それもそうだね、栄太郎は数学が分数で止まってるくらいだし。」
「うるせぇ!受験はまだ先だろーが!俺が本気になればな───」
「無理しなくていーって…」
「あぁ!?」
「もうすでに気持ちは東京に行ってるくせに…」
「え?」
若菜ちゃん…
「昨日、栄純のおじいちゃんが言ってたよ!東京から帰って来てから、栄純がおかしいって....おそらく東京で出会った野球に心を揺さぶられたんだろうって..」
「!!」
そう言う若菜ちゃんは笑っていた。こんな風に笑うだなんてやっぱり…。
栄純を見ると明らかに図星って顔してる。
「これって栄ちゃんの弱点だね!投手なのに感情が全部 表に出ちゃうところ。」
「桜ちゃんもそういうとこ一緒だよね。」
「!…私は投手じゃないからいいの!!」
─‥
「あー 眠いなぁ」
大きなあくびをして横になりながらテレビを見ていると、おばあちゃんはこんなところで寝るなと言う。
「ちゃんと風呂入ってから寝なよ、桜」
「分かってるっておばあちゃん。おじいちゃんとラブラブしたいのは分かるけどそんなに焦らないで…」
「コラッ! 子供が変なこと言うんじゃない!!それにただお酒飲むだけだよ。」
仲がいいことは良いことだよ、おばあちゃん。
それにしてもお父さんまだ帰ってきてないのかな…、少し話したいことあるのにな。
時計を見ていたら、キィ〜ッ!と自転車が止まる音がして、ガラガラッと玄関が開く音がした。音だけで分かる、なんて静かでいい土地だ。
「桜ー!!! お前で最後だぁ!」
ドタドタドタドタッ…うるさい!
「栄太郎、うるさい!!」
息をきらした栄純は、悩んでた顔が嘘みたいに迷いのない栄純らしい顔になっていた。そして私の両方の手を取り引っ張って起こす。
「青道へ行く!だからビンタしてくれ!」
「え...私で最後って、まさか栄太郎、こんな時間になるまで皆の家回ってたの?」
うんと頷く栄純。
「皆の力を注入してもらってきた、お前で最後だ!」
あ、頬が腫れてる…本当に栄純らしいなぁ。
「でも栄太郎、私栄太郎にビンタすることなんて出来ないよ!痛そうじゃん。」
「だから俺栄純!」
「でも栄太郎がそこまで覚悟を持っているなら仕方がない! 」
私は構える。
「いくよ!!せーのぉ‥「おいしょー!!」
ビターン!とビンタをかましたのは私ではない。栄純はいきなりの出来事に信じられないと言う顔をして、その人を見る。
「いってぇ、なんでお前がやるんだよ!?」
「感動したぞ! 栄太郎!!」
「お父さん…」
いつの間にかにお父さんが…いる。私の代わりにビンタしちゃったみたい。
「栄太郎、お前がそこまで覚悟を持っているだなんて…、桜!お前ビンタしないでどうするんだ!?」
「だってお父さんが代わりにしちゃったんじゃない。」
「そうか、なら仕方ない。」
「?」
「桜、一緒にもう一回やるぞ!」
「は? ちょっと待て‥」
「うん!」
「うんってお前…」
「「おいしょー!!!」」
その日、涙をながしながらビンタをかました親子がいたという。
─‥
「あー面白かったぁ。栄純、明日腫れてなきゃいいけど…」
「いやー久しぶりに栄太郎を見たな。大きくなったな…」
「お父さん、栄太郎じゃなくて栄純だから…いい加減覚えてあげてよ。」
「お前だって栄太郎って言ってるじゃねーか。」
「私はいいの、真剣なときは栄純っていうから!」
都合のいいやつとブツブツ文句を言うお父さん。
私はお父さんに言わなきゃいけないことがある。栄純は私達に伝えなきゃいけないと、こんな夜遅くに来たわけだけど、一体、栄純はこうやって皆に言いに来るまでどのくらい考えたのだろうか。ずっと皆と野球がしたい、高校に行って皆と甲子園を目指すんだって言ってたのに。
栄純の決意を聞いて何も感じなかったわけじゃない。
栄純だって決意したじゃない、自分の意思表示をしなきゃ、伝えなきゃいけないんだ。
「お父さん。」
「なんだ?」
「東京で誘われてる仕事やりたい?」
「!!」
お父さんは目を見開いた。
「図星でしょ。」
「だっ、誰に聞いた…それ。」
珍しくお父さんが焦ってる。いっつも余裕かましてるか、親バカ炸裂させるか、子供みたいなこと言ったりするのかのどれかなのに。
「おじいちゃんだよ。」
「ちょっと話つけてくる!」
それはまだダメと急いで止めると、不満そうな顔をしてるけど私の話は聞いてくれるみたい。
「私、お父さんが東京で仕事したいなら一緒に東京に行ってもいいよ。」
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