短い平穏

「俺はいい奥さんになる気はない。
ついでにあんたを飼う気もない。
生活無能者のお前を使ったって、家が豊かになるか?」

第一声にヤンは何も言わなかった。いや、言えなかった。
生活無能者とまでは思わないが、家を豊かにできるとは思っていない。
実は、彼女はヤンに「存分にだらけろ」と言いたいだけなのだが、この台詞だけだと働けと言われた気になる。
生活を開始すると、ヤンはやっと言いたいことを理解した。
女帝と大層に言われたわりには、ヤンが座っているだけで全てが回っていく。
掃除、洗濯、料理、紅茶が出るタイミングまできっちりしている。
家事に暇ができると、何か作業を始めてしまい、座っているヤンはちょっと申し訳なくなる。
器用な指で何やら作り上げているカーチャルを見て、自分も原稿を広げては無駄なゴミを増やした。
そんなある日。掃除しなくてもキレイなリビングの掃除を終えた頃、小さなな訪問者が来た。
キャゼルヌ夫妻の子供だった。
ラッツェルという部下の人柄が良かったから来れたものではないのか。カーチャルはそう内心で呟いた。
レンネンカンプをヤンは規律の信徒と言ったが、確かにそうだろう。
カーチャルが規律の信徒と確信しているのは理由がある。過去にレンネンカンプの艦隊にいたことがあるのだ。
今回の件では関係無い話だ。
その規律の信徒とラッツェルはどうも不釣り合いらしいとしか言いようがない。外部から見た彼女でさえ分かるような人選ミスだ。
シャルロットとフィリスを機嫌よく招き入れ、持ってきたラズベリーのパイを切り分けた。
ヤンは二人が無邪気に言った差別を気にしているらしいが、カーチャルとしては三十過ぎたら男女問わず爺と婆だった。
カーチャルはシャルロットとフィリスに髪飾りをあげた。
ラズベリーパイにナイフを入れると中から耐水性の紙が見つかった。こうしてせこいやり方で連絡を始めたのだ。
耐水性とはいうが、ナイフで真っ二つにしたらどうする気なんだ。カーチャルはそれは言わないでおいた。

「細かいことは会って話さないといけない。
何か良い口実はないかな」
「単純に日頃のケーキのお返しでいいだろ。
凝った口実は逆に怪しい。」

自分でそうは言うが、カーチャルはお返しにケーキを作るなど出来なかった。
帝国にいた時に、お菓子を作れば目標の男をおとすのに使えると考えた。実際そういう方法を学ぶわけだが、料理の授業まではない。自宅で執事を押し退けてまでして実践したが、結果は最悪だった。
食事の支度が遅いので見に来た身内から、鋭い目で睨まれたのを今でも忘れられない。

「お返しか。会って礼を言いにいく、でいいかな」

こうしてババロアを持って会いにいくとした。
市民にとって居心地を悪くする原因の二人は、いい目で見られるわけがない。
しかも監視の兵士は、ヤンという英雄には見えない英雄を困惑の目で見るのだから。
二人にはあまりいいものではなかった。
キャゼルヌ夫妻以外にヤンに連絡をとったのはフレデリカだった。
ヤン家に「料理を教わりに」と言ったフレデリカをカーチャルは招き入れた。
挟むものばかりを持ってきたフレデリカを、ちょっとした苦笑いで見た。
確かに切って挟めば楽だろう。

「極めるなら極めな。
水分を気にしたり、野菜の色を保つために努力したりな。
まあ礼だ。そこの髪飾り持っていけ。」
「まあ。手作りですか?」
「ヤンができると思うか」

薔薇の髪飾りをくれたカーチャルに頭を下げた。
工作員としての器用さに少し感心をした。
実はフレデリカでも出来てしまうぐらい簡単な作り方なんだが、言ってしまうと悲しくなるからやめよう。
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