二つの勇気

悩む乙女の顔になっているなど誰が気づいているか。
ヤンは自分のことで精一杯で、カーチャルもやはり自分のことで精一杯で互いのことを見るには視野が狭すぎた。
人には必ず欠点があるもので、日常に必要な勇気をここに総動員しなければならなかった。
何度も名前を呼んでくるヤンだったが、カーチャルはあまり聞こえていないようで生半端な返事しか返さない。

「あぁなんて言えばいいかな。
自分の都合ばかり重視してるようであまりいい気はしないんだが、結婚してほしいんだ」
「・・・・・・なぁ、ヤン。
もしもだ。もしもなんだが」
「・・・・・・?」
「帝国に負けて生き残ったら、メルカッツ提督はどうする気だ」

この質問は間接的にカーチャルを指差していた。
帝国からしたら裏切者にあたる存在であるだけに。

「工作員のこの首では明らかに足りないが、生き残れば不安要素になることはまちがいない。
ヤンと一緒にいたら、なおさら不安要素だ。
元工作員と同盟の英雄が何を考えるかわからないだろ?」
「まさか、自殺でもする気だったのかい?」
「・・・・・・」

沈黙がYESと回答していた。
本人がずっと考えていた悩みの答えには、納得いくものが出せないだろう。
本来ならそこまでする必要はない。
ただの亡命者としてすむのだが、ラインハルトの下に身内がいるのでは見過ごせる話題ではない。
彼女はあくまでヤンの護衛としての立場を守り通したかったのだ。
そのためならヤンが嫌がろうが命は捨てる構えでいた。
彼女は同盟や帝国、フェザーンより、第三選択肢としてヤンを選んでいたのだ。
そして女帝は気づいてしまったのだ。
自分が今フレデリカやユリアンのことばかり考えている事実に。
自分の方が敵に気づいていなかった事実に。
ヤンにばかり自分が敵だと当てはめるばかりで、自分には目もくれなかったことに。
目の前に無意識化によって引いていた線に、初めて意識して見てしまった。
護衛という単語で引いた線に。

「YESだ。
意地の悪い話をして済まない。本当に済まない。
イレーネ、そう呼んでもらえれば・・・・・・」

何に謝っているのか。
全くわからないまま、彼女は唇を噛んでいた。
素直に言えない自分への謝罪か。それともこれから先の謝罪か。
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