47.999本のバラ 1/2

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銀河英雄伝説を読んだことがあれば誰でも思うだろう。「このキャラクターは死なないでくれ」と。それはどのキャラクターでも対象になるだろう。ビッテンフェルトであれその対象になったはずだ。
どこで読んだのか、カサンドラがその時まで忘れていた。作者がインタビューで、ビッテンフェルトは石鹸につまずいて亡くなるぐらいがいい、と。正確にそう言っていたのか、カサンドラに確認するすべはない。
冷たい知らせを耳にしたカサンドラは、今になってそのことを思い出す。そして行き場のない後悔を抱いた。
しかし、周りからはカサンドラが冷静だったようにしか見えなかったのだろう。一瞬だけ驚いた顔を出し、すぐにその表情を消してしまったからだろう。
リナはカサンドラの表情を見て顔を強ばらせた。どうして彼女は想いを引っ込めてしまうのだろう。
受けたストレスをどこに吐くのだろう。まさか今まで想いを消してきたのだろうか。見えない不安を感じたリナは、そっと彼女の肩を撫でる。カサンドラはそれに対し反応を示さなかった。代わりにひどく冷静な言葉が返ってきた。

「リナ、ごめん。今後のことを決めなきゃいけないから」
「私はいいの!!定期的に顔を出してやるから!!」
「顔を出してやる?あなた、いつから私に大きな口を叩けるようになったのかしら」

目を細めてため息をついた彼女を見たリナは安心をして帰宅できた。ストレスを急に爆破する心配はないと判断したのだ。
残されたカサンドラはメックリンガーと最低限の会話をこなし、どこか静けさと虚しさを感じさせる自宅に入る。自宅に入るまでは感じなかった喪失感を味わい、玄関に立ったまま時間がすぎた。そして今では役に立たなくなった映画のチケットを眺めていた。
彼女を現実に引き戻した玄関のチャイムに動揺してチケットを落とす。玄関を開けるとそこにはデリバリーの配達員が立っていた。当然、カサンドラには身に覚えがない。首を傾げた彼女をみて配達員が「旦那さんが注文されたようですがご存知ありませんか」と言ってきた。
今日はなにか特別な日だったのだろうか。記念日に疎い彼女がわかるはずがなく、不思議に感じながら支払いを済ませ、1人では食べきれない食事をテーブルまで運んだ。テーブルに置かれたデリバリー代金を見つけ、カサンドラはさらに喪失感に晒された。そして届いた商品を開け、そこからチキンを出して食べてみた。今の彼女には意味の無い行為ではあるが、それでもなにかしたかった。

葬式で泣くことを正解とし、泣かないことを不正解とする者が中にはいる。決してそうでは無い。泣かないこと、泣けないこと。そういうことに対する理解をすることが重要なのだ。泣くというのはストレスを和らげるための本能であり、誰かが正しいと決める行為ではない。
妻として椅子に座って、彼女は無意識に顔を触った。涙が出ていないことを確認し、自分が冷たい人ではないのかと思う。参列している者はそう思ったのだろう。
後日マスコミが面白半分で葬式のことを記事にしたのだ。内容は、ビッテンフェルト提督もてあそび、葬式では涙を見せない冷徹な妻、というものだった。激怒したのはカサンドラ以外の提督達だった。当然記事についてはカサンドラの目にも入ったが、彼女は一切の興味を示さなかった。言わせておけばいい。泣かなかったことは事実なのだ。提督たちが参列していた軍人に対する情報規制を怠ったことを彼女は指摘した。まさにその通りなのだが、周りにはそれが冷たく見える要因なのだと言わずにはいられなかった。
カサンドラは1人で広くなった我が家を見渡した。葬儀のあとは定期的に誰かが来たが、旦那の居ないこの家に目的を持ってくる奴などいるはずがない。あくまで旦那の付属であったのだと思うが、不思議と不快にはならなかった。有り余った時間で好きなことをさせて貰えた。同居人に縛られることなく、あまりにも自由だった。しかし、その自由は相手がいる安心で成り立っていることに気付かされた。
義手で愛犬を撫でる。心の中で深く謝った。寂しい思いをさせてしまったね、と。義手を舐めてくる愛犬に笑みがこぼれた。
そうして彼女は最後の日記を書き始めた。自分に向けられた好意を、築き上げた関係を、裏切る決心についてを綴った日記を。
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