46.損な役回り 1/2

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背伸びをした上司を見て、特に何も思わなかった。書類をいじり、政治について話し、マスコミに愛想を振りまくような人ではない。決して地上に縛られて働いて終わらせたりしないのだ。勝手にそう思っていた。ディルクセンは珈琲を入れようとして時計をみた。ビッテンフェルト提督が、午後を休暇にしていたことを思い出したのだ。

「帰るぞ!!」
「はい」
「はいじゃないだろ。おまえも帰るんだ」
「小官は仕事が終わっていません。それに申請を出していないのですが」
「いいか、偉いやつが休まなきゃ部下が休めないだろう。だからおれは休むんだ。そしておまえは副官なんだから休むんだ。ほら行くぞ」

事務処理は軍務省が行なっている。これでは後ほど軍務省に怒られてしまう。しかし返しが思いつかないディルクセンは二つ返事で上官の後についた。
車の中で上官に対して振る話題を探す。円滑な仕事のためには一定のコミュニケーションが必要不可欠。ディルクセンは必死に頭を働かせ、ビッテンフェルトが朝から上機嫌であることに気がつく。これを訊けば話が続くかもしれない。

「ビッテンフェルト提督、朝から機嫌がよろしいですが何かありましたか」
「なんだ、気がついていたのか」
「え、あ、まぁ」

隠していたつもりだったのか。ディルクセンはあまり驚きを出さないようにする。

「今日はな、記念日なんだ」
「結婚記念日ではなかったと思いますが」

自分の上官の結婚記念日は頭に入れてある。言われなくても祝いの言葉を言えることが良い部下のひとつ。ディルクセンとオイゲンならきっと結婚記念日を正確に言えることだろう。

「おれがあいつと初めて出会った記念日さ」

そう言ったビッテンフェルトに対して驚いた顔を向けかけて、慌てて顔を戻した。結婚記念日は記憶していても、他の些細なことは記憶するような人ではないと思っていたのだ。家庭のことはマメな人のか。ディルクセンは意外すぎて明日の話題のネタにしようと思っていた。

「この間テレビで見たんだ。記念日に男からなにかやると喜ばれるらしい。あいつも女だからな。サプライズは好きだろう。急に帰ってきたら驚くぞ」

なるほど、と頷いた。出会った記念日というのが事実であるか全く分からないが、思いつきで始めただけだと理解した。
自宅から離れた場所で車から降りた上官は楽しげに
鼻歌交じりに歩いていく。傍からみたら軍服を着た大男が上機嫌に歩く光景は異様だろう。気にしていない本人は、花屋で薔薇の花束を買い、デパートでケーキを買い、軽い足取りで帰宅する。
しかし、玄関に置かれた靴を見てカサンドラがいないことに気がついた。
「こんな時にか!!」と呟いたが帰宅することを伝えていない自分の責任である。
ケーキを冷蔵庫に入れ、薔薇をテーブルに投げて置き、テレビをつける。コマーシャルでデリバリーの宣伝が目にとまった。
ビッテンフェルトはカサンドラが夕食の材料買って帰ってくる可能性など考えずに、電話注文を始めていた。

「こちらハングリーベーカリーです。デリバリーのご注文でよろしいでしょうか」
「あぁ、メニューを見てないんだが適当に2人分を勝手にチョイスしてくれ」
「え?はぁ?」
「2人分のメニューをチョイスしてくれと言ったんだが?」
「お、お客様?お夕食に召し上がるご予定でしょうか」
「うむ。おやつではないな。」
「お飲み物と住所とお名前をよろしいでしょうか」

むちゃくちゃな注文に店員は戸惑いながらも、引き受けてくれた。最後まで戸惑った声のまま、料金と19時頃に持ってくる旨を伝えてきた。
ビッテンフェルトは財布から代金がちょうどあることを確認し、テーブルに小銭を置く。これで急に来ても慌てずに出せるはずだ。
そして久々にのんびり湯船に浸かろうと思い、風呂場に足を運んだ。
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