5.犬の名前は? 1/2

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かれこれ1か月が過ぎ、階級以外の日常に必要な会話を覚えたカサンドラ。現地の言語に埋められたような生活をしていれば、嫌でも覚えるものだ。代わりに日本語を忘れてしまいそうになる。
ともかく、話せるようになり、やっと自分で生活必需品を買いにいくことができるようになった。今日は文房具欲しさに町に出る。治安の良し悪しはわからないため、大通りから出て買い物をしようとは思わない。ブラスターは持ち歩いてはいる。的に当たるが、真ん中に当たらない上に伸び悩み始めた。このような傾向を保健体育の授業でやった気がする。
ちょっと高そうな店を見つけて、躊躇いなく入る。万年筆が欲しいわけではなく、手帳が欲しかったのだ。着ているものや持ち物から、相手の経済力はバレていくもの。経済力ごときで貴族たちに馬鹿にされたくはなかった。ならば、手帳ぐらい良いものを持とうという結論にたどり着いた。
目についた赤い手帳を見つけ、迷わずに2つ購入。帝国マルクが未だに計算できないが、自分が生活費を払っている訳ではないので、金には余裕がある。1つは仕事用に。2つめは日記代わりにしてやろう、とつもりらしい。同じものを買って、使用する際に混乱しないかなどは考えていない。
店を出てから、腕時計で時間を確認する。ここで、ビッテンフェルトから言われていたことを思い出した。「最近殺人事件が起きているらしいから、早く帰ってこい」まだ確か、犯人は捕まっていない。殺人事件はともかく、面倒事には巻き込まれたくないので早く帰ろう。カサンドラは娯楽に目移りすることなく、まっすぐに帰宅しようとした。
途中、泣き声が聞こえて気味が悪く感じたが、無視をするには勇気が足りなかった。ここで無視したら、人としてどうなのだろうか。仕方なく、泣き声の方へ足を進めた。
金髪の女の子が、子犬を抱き抱えて路地裏でしゃがみこんでいる。これは面倒と思い、見なかったふりをして帰りたかった。出来れば無かったことにすらしたかったが、とりあえず話しかけてしまった。

「なにしてんの」
「ワンチャンが・・・・・・」

いい歳した女の子がワンチャンか、と内心で笑い飛ばした。
犬は雑種だろう。ゴールデンレトリバーの血は混ざっていそうだ。
カサンドラはあまり犬猫は好きではない。幼稚園児のときに飼っていたウサギがストレスで死んでしまったことから、愛玩具になる動物を好まない。子供の騒ぎ声がウサギにはストレスだったのだ。

「屋敷のみんなが『捨ててらっしゃい』って。
そんなことしたら、可哀想だよ!!
また一人ぼっちになっちゃうよ・・・・・・」
「じゃあ、里親探しでもすれば?」
「きっとみんな、許してくれない」
「屋敷・・・・・・貴族か。
貴族なら高い犬飼ってもらえるじゃん。」

これはただの嫌味だ。貴族のお嬢さんが、捨てられた犬に執着する理由が気になっただけの嫌味にすぎない。金髪の女の子はそれを聞いて怒ったらしく、立ち上がって顔を赤くさせる。

「命は金で手に入れるものじゃない、それが例えそれがペットでも!!」

カサンドラは心の中で口笛を吹いた。実際は口笛なんてやったことがないが。命の価値をわかる貴族がいることに感心したカサンドラは、女の子から子犬を引ったくる。
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