43.帰るべき場所 2/2

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カサンドラが帰宅すると、リビングの椅子に座ったビッテンフェルトが怒っていた。玄関が開いたままとは不用心ではないか。そう怒鳴り付けてくるが、ビッテンフェルトの前に立ったままの彼女には何一つも入ってこなかった。
彼女はあることを確認しに行っていた。この世界のかつての日本で何が流行っていたのか。どのような文化があったのか。そこから、カサンドラは一つ確信を得ようとしていた。

「訊いてもいいですか」
「どうせ駄目だと言っても訊くんだろう」
「はい、私を拾ったときに荷物はありましたか。私の物らしい荷物です」

ビッテンフェルトはカサンドラを睨み付けた。いつかその質問が来るだろう、そう思っていた。

「あったぞ、鞄だったな」
「それ、燃やしましたか?」
「なんでお前がそれを知っているんだ」

荷物の有無を訊かれても、その後まで訊かれることが想定外だった。ビッテンフェルトは怒鳴るつもりが純粋な驚きをはらんだ声になった。
思い返すとロイエンタールが食事に誘ってきたときのことである。
純血日本人顔で、帝国公用語が話せなくて、生まれた場所すら言えない。そんなカサンドラを見てどう推測したのか。考えられたのは、この世界の日本と現代の日本で同じものが流行っていた場合。もしもロイエンタールが荷物の中身を見ていたのなら、調べれば辿り着く。"過去"という時間に。

「ロイエンタール提督は私に黒い塊を見せてきたんです。」

手のひらにのる程度の黒い塊である。

「私は今までこれがなにか解らずにいました。今なら解る、ような気がします」

おそらく当時つけていたストラップ。
ロイエンタールはビッテンフェルトが荷物を燃やす現場を目撃。そこから形が残っていたこれだけ持ち帰り、調べたのだろう。日本というキーワードに絞り、2000年代のアニメグッズにたどり着いた。
しかしカサンドラ自身は拾われた時に荷物があったことも、燃やされたことも知らなかった。だから今まで気がつかなかったのだ。

「あくまで推測の域です。もうロイエンタール提督はいませんから」
「ロイエンタールめ、あのときお前を泣き顔にさせるほど脅したのか!!」
「あ?あぁ違います、あれは目にゴミが入っただけで」
「紛らわしいな!!」

ビッテンフェルトはカサンドラの泣き顔を思い返し拳を握りしめた。
本当に脅されたわけではない。ただ、忠告されたのだ。「貴様が何者か、どこから来たのか。詮索しようとは思わん。しかし、貴様の存在が歴史を変える結果になるのなら話は別だ。歴史とは自分で掴みとるものだ。貴様ごとき小娘に良いようにされて堪るか」無意味な忠告だ。歴史はそう簡単には変わらない。カサンドラという娘の歴史が付け加わるだけに過ぎないのだから。

「今さら確認をとるとは、あの鞄がよほど大事だったか」
「いいえ、ただ、知っていたのかと。私の本名を」
「ばかか、貴様か!!いいか、貴様が誰であろうがおれはおれが見たものを聞いたものを信じるのだ。おまえがカサンドラと名乗ったその瞬間から、おまえはカサンドラとして生きてきた。その事が変わることはない。そして、その事は揺るぎのない真実だ。おまえが今から何を言っても何をしても変わらんぞ」

拳を振り上げ、テーブルを殴り、怒鳴るように言い放った。ビッテンフェルトの顔がこれまでにない以上の怒りに満ちていた。
同時にカサンドラは驚いた表情を見せた。何を不安に思っていたのか。異世界ものによくある"異世界からきたことはバレてはならない"など誰が決めたのか。バレることが命や生活の保証に直結する問題になるのか。そんなものは作者の作り話に過ぎない。

「変なことを申し上げてもよろしいですか」
「内容によってはただじゃおかんぞ」
「では、申し上げます。私、ビッテンフェルト提督が真っ直ぐな方だから惚れたということを思い出しました」
「忘れてたのか」

ビッテンフェルトは頭を掻いてため息をつくと、カサンドラの手を握って言う。

「おまえが何処の誰だろうが、おれにはどうでもいいことだ。だが、もしもそれで誰かが何か言うならおまえはおれの後ろで隠れていればいいのだ」

2度めのプロポーズとカサンドラに思われているなど、ビッテンフェルトは想像しただろうか。彼ならきっと当たり前なことを言ったとして、気にもとめないだろう。
カサンドラは口元に手を当てて目をそらした。この動作を猪は知ってる。照れ隠しという可愛いものだと。

「まったく、ロイエンタールのやつめ。生きていたら殴ってやったわ!!それにラングだ。あやつがおまえを事情聴取したときは殺してやろうかと思ったぞ」
「オーベルシュタインが私を怪しんでいる、そう分かっただけであのときはいい収穫でしたけどね」
「怪しんでいたからあえてラングのことを放置していた、と。あのネクラ軍務尚書め」

心のしこりであったことが抜け落ち、カサンドラはやっと気がついた。ビッテンフェルトが握っている手が右手首であることに。義手は左だ。感情的になり、これ以上力を込めて握られてしまうと振りほどけなくなってしまう。

「あの、掴んでいる方が右手で痛いんですが」
「ああ、すまんな。まぁ説教はこれぐらいでいい。部屋が生臭いんだが、今日は蟹鍋だったか」
「やば!」

生ものになんてことをしているのか、カサンドラは慌ててキッチンに走り出した。ビッテンフェルトはその場で腕捲りをしてから、残った殻のついた蟹にハサミで切り込みを入れていく。
これから先自分に何か言ってくるものがいるだろうか。フェルナーが好奇心で何かしたとしても、もう誰も警戒を向ける者がいない。空しいくらい誰もいないのだ。
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