4.喧嘩は技です。 2/2

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カサンドラ・メルツァーの戸籍は見つかるはずがない。戸籍に入れずに育てられた子という結論にたどり着いてくれたようだ。ビッテンフェルトはそんな結論をオイゲンが出す前に、珍しく書類製作をしていた。早く出してしまわないと多分彼女が邪魔ということか。
こうして気づけば軍属、しかもビッテンフェルトの従卒になってしまったわけだ。ビッテンフェルトが持ってきた軍服から理解したカサンドラからすると、なんてご都合主義なんだ、と思う。そして軍属と言われるとユリアン・ミンツを思い出すのである。でもカサンドラからしたら好都合でも不都合でもあった。好都合なのは言語を習得するためにはちょうどいいこと。不都合なのは軍という社会における上下関係が嫌いという点。特に女性に対する差別がないはずがない。とりあえず貴族に手を出さないことを心に誓うことにした。問題を起こしたらビッテンフェルトも被害を被るだろう。
だが、その問題とやらを早速引き起こしたのは、他でもない彼女自身。
言葉のわからない内は好き勝手に物を言われることは目に見えていた。覚悟もしていたわけだが、その覚悟が弱かったと言うことか。食堂で足を引っ掛けられた際に、彼女の元々弱い意識的耐久度に限界が来た。この世界に来たことへのストレスを考えれば、今まで騒ぎを起こさなかったことが不思議ととらえてもいいだろう。
足を引っ掛けられた貴族の軍人か市民の軍人か、この際どうでもよかった。結論だけで言うなら暴れたかった。

「あーら、ごめんなさいね」
「頭も緩ければ、体もトロそうだな」
「何、睨んでんだ」

睨んでいようと、いなかろうと殴り合いを起こすつもりだったのだろう。男が立ち上がり、嫌な笑いをしながら近づいてくる。一人だ。
運動神経だけなら負けるだろう。学校の体育成績は中の下。50m走は11秒代、キャッチボールは相手に届かない、ダンスは覚えられない。まず勝てる要素が見つからない。今はどうすれば勝てるのかではなく、負けないようにできるのか。一人ならば大丈夫だろうという計算をする。あちらも油断しているだろうから、一気に叩かないと負ける。
男が拳を振り上げた。なんてつまらない動きだろう。カサンドラは大きすぎる隙のうちに背後に回り込む。両肩を押さえ、机に押し付けた。動きを完全に封じなければ反撃されそうだ。カサンドラは相手の右腕を背後に回した。骨折、脱臼をさせるまでにはいかないが、痛みから反撃は来ないと思う。

「野蛮族が・・・・・・やるぞ!!」

カサンドラは左から拳が迫ってきていることに気づく。当たれば痛いだろうぐらいに思う。押さえていた男を動かして、咄嗟に盾にした。相手も運動神経が悪いのだろうか。そのまま仲間を殴ってしまった。これはちょっと言い訳が出来ないかもしれない。本当に怒り出す前に逃げないと、事態が悪化しそうだ。机にあった水の入っているコップを手にし、顔にかけてやった。こうしてやり過ぎたことにやっと気づく。
カサンドラはやるなら最後までやるか、と決めたところだ。ビッテンフェルトがその程度でやられはしないだろう。イレギュラーである自分はともかくとして。

「そこまでだ」
「・・・・・・!!」

オイゲンだ。どうやら、この喧嘩を初めから見ていたようだ。止めてくれればいいのではないか。それともわざと止めずに見ていたのか。
小学、中学校時代のやんちゃしていた世に言う黒歴史のとき、喧嘩常連犯だったことがまさか役に立つとは思わなかった。貴族だろうが、軍人相手に負けない喧嘩になったのだから、成果としては充分だろう。

「君は・・・・・・まさか白兵戦向きじゃないよな。
やらせたら、ワルキューレやオペレーターとしての練習よりも成果が出てしまいそうだな」

ワルキューレやオペレーターの実戦形式による練習より、遥かに白兵戦向きであるなど、ビッテンフェルトに報告した場合、迷わず女の子であるカサンドラを入れてしまうだろう。軍の士気に関わる以前に、女の子の扱いがそれでいいのだろうか。女扱いが無駄に上手くなられても困るが、こんなとき部下が困ってしまうのである。
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