39.暇つぶしに 3/3

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冷たい第一声に夫婦仲が冷めきっている、と二人は思った。輝かしい皇帝と皇妃が顔を見合わせ、納得したようにうなずく。
原作を知るものなら、結婚のあとに来るものが軟禁であると知っているだろう。ビッテンフェルトがとうとうオーベルシュタインに殴りかかった事件が起きた。自業自得でしかない。心配する方が馬鹿馬鹿しい。カサンドラにしてみれば、上官に殴りかかって軟禁で済まされるなんて甘いと思う。オーベルシュタインはビッテンフェルトには甘いのかもしれない。
寝室をあとにして、与えられた控え室で座った。控え室があるこの待遇は、少々行きすぎな気がする。軍人の奥さんとして冷たい目はよくされる。むしろ慣れている。
ノックの音でカサンドラは不愉快そうな顔を引っ込める。「どうぞ」というとドアが遠慮がちに開いた。マリーカが顔を覗かせ、先客がいないことを確認して入ってきた。手には何か持っている。

「チョコレートアイスクリーム持ってきたので食べませんか」

この中で邪険な扱いをしてこないのは、マリーカぐらいだ。カサンドラはまんざらでもなかった。アイスクリームは好きではなかったが、こうして付き合って食べることがある。おかげで2kgも太った。可愛らしい笑顔でアイスクリームを食べながら、マリーカは思い出したように言う。

「この前は楽しかったですね。アンネローゼ様含め皆さんで女子会なんて思いませんでした」

ストレス解消に外出をアンネローゼにも提案したところ、実際の出掛けることになった。妊婦の外出で必要なものをマリーカに揃えさせ、カサンドラで落ち着いた個室のある外食先を探した。荷物持ちをして神経を磨り減らして警戒していたカサンドラは、正直疲れて何があったか覚えていない。自分の疲労を考えていなかったカサンドラは反省した。
思い出話に耳を傾けていなかったカサンドラは、マリーカに話を振られて驚いた。

「ごめん、何て言った」
「どうして結婚したんですか?って訊きました」

どうしてそんな流れになったんですか、と訊きたくなった。マリーカはたぶん10代後半ぐらいだろう。こんな質問をビッテンフェルトの奥さんにできるのは、よからんマスコミとマリーカぐらいだろうと思えた。10代だからできることだろうか。自分がこの歳の頃は結婚に興味すら抱いていなかった。

「さぁね。」
「え、もしかして夫婦円満じゃないんですか」

やはりよく訊けたものだ。

「恋の寿命は3年って言うからね。子供ができて歩けるようになるまでの間。」
「えっと」
「あーリアクションに困らせる気はなかったんだけど。夫婦円満もなにも、ほとんどいないから分からないじゃない?」

ほとんどいないから夫婦関係がどうなっているのか、分からない。本人の意思は一人で解釈するものでもない。

「それって、もしかして寂しいんですか」

カサンドラはその台詞に驚いたが、マリーカも驚いた。彼女の顔が今までにないほど表情を見せていた。表情をほとんど見せない夫人に対し、感じが悪いと思う人は少なくない。ただ、微かに見え隠れする優しさに気づいているものも少ないがいる。マリーカもその一人だった。だからこそ、この台詞をマリーカが言ったから反応があったのだ。別の人なら鼻で笑われていただろう。

「てっきり、家に入ってやることがないから、退屈していると思っていた。まさか、そんなところに理由が転がっていたとはね」
「気づかないものですか」
「そりゃ、思っていることを正確に言葉にはできない。マリーカにはできる?」
「できませんけど」
「てか、訊くってことは好きな人がいるの?」

恥ずかしくなり慌てて話を反らした。自分の内面を深く訊かれると、昔から動揺したり驚いたりしてしまう。

「残念ですけど、いませんわ。ピンチに駆けつけるような格好いい方が入れば良いのですが」

ケスラーはピンチに駆けつける王子さまだったのか。そう思うと笑いが込み上げてきそうだった。今日はマリーカに表情筋を動かされる日らしい。それは今日に限らず3か月以上続くことになる。
5月のとある連絡を受け、カサンドラは覚悟を決めた。
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