39.暇つぶしに 2/3

bookmark
柊舘に着いたカサンドラは、建物を見てうんざりした。学校の教室を覚えられないほど記憶力に自信がない。覚える気がないともいう。
送ってくれた運転手に挨拶をすると、侍女が駆け寄ってきた。原作を知るものなら誰でもわかるであろう。マリーカ・フォン・フォイエルバッハである。カサンドラは可愛い女の子が案内人ならやって良かった、と内心変態的な笑みを浮かべた。

「私、皇妃の侍女のマリーカ・フォン・フォイエルバッハといいます。ビッテンフェルト夫人でお間違いありませんか。」
「えぇ、カサンドラでいいわ。夫人なんて言われ慣れないの。」
「私はマリーカと呼んでください。皇妃がお待ちです。」

挨拶に緊張していたのか、カサンドラに背を向けた瞬間にマリーカの強ばった肩から力が抜ける。それを見て笑みがこぼれた。可愛らしい。推定年齢からして17から18歳ぐらい。侍女のわりには幼さを感じなくもない。しかし、現代の女子高生に比べたらはるかに大人だ。子供扱いしすぎてはいけない、とカサンドラは言い聞かせた。自分より若いと甘やかしたくなってしまう。皇妃の寝室まで案内され、思考を止めた。すっかり道を覚えることを忘れていたカサンドラは、内心苦笑いしながら足を進めた。
ベッドで座っていた皇妃と皇帝がいた。面倒な挨拶をしなければならない憂鬱に浸りながら、礼をした。頭をどのくらい下げなければならないか、正直覚える気がない。それらしくなればいいのだ。

「ビッテンフェルト夫人、この度はすまない。顔を上げよ」

カサンドラは面倒な建前を飛ばしてさっさと本題に入りたかった。型通りの返答を並べて置いて、一切内容は聞いていなかった。皇帝が寝室を後にすると、皇妃が微笑んで私に話しかけてきた。この微笑みから推測すると、どうやら話を聞いていなかったことがバレているらしい。

「ごめんなさいね、急な話で」
「いえ、そんなこと」
「あと、私の前では堅くならなくていいわ。面倒くさいって顔に出てます」

女の観察力に怖さを感じながら、頭を掻いた。

「本当は警護なんていらないって言ったんですが、周りが最低限は配置するように押されてしまいまして」
「まぁ、皇妃の身辺警護が男という訳にはいかないでしょう。とりあえず何かあったら呼んでください」

女軍人で格闘ができる人材が帝国にいるのか、といえばいないに近い。そもそも帝国に女軍人がいないに等しいのだから。いたとしても、格闘ができるような人材はまずない。依頼が来ても不思議ではない。一般の専業主婦として断ろうと思ったが、暇を潰すにはちょうど良かった。

「ひとつお尋ねしてもいいですか」
「何かありました?」
「まさかとは思いますが、外出する気がないなんて言いませんよね」
「警護に人員を割くわけにいきません。それに、妊
婦ですから」
「失礼ですが、妊娠は病気ではありません」

妊娠中のホルモンバランスのズレがストレスに繋がりやすい。皇帝が皇妃を閉じ込めることはないと分かっているが、本人が気を遣う可能性がある。この提案は女性から行う方がいい。 妊娠はしたことがないけれど同じ女だからこそ話しやすいことはある。カサンドラは「そういうことも含め、何かあったら呼んでください」と頭を下げて出ていった。
扉の前にいたマリーカに驚いたものの、顔に出さずにまた頭を下げた。彼女がいれば身の回りのことは心配いらないだろう。自分は地球教の襲撃時に被害を最小にすることを努めればいい。
「もしよろしければ、建物内の案内をさせてください」というマリーカの申し出を受けた。カサンドラはほとんど案内が頭に入ってこなかった。
やっていることが正しいのだろうか。地球教とイゼルローンの件が片付けば、ビッテンフェルトの帰宅も増える。そうすれば道を誤ることはないと思いたい。家でおとなしく過ごすようにもなるかもしれない。窓を見ると雨が降りだしていた。
[戻る]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -