36.小さな幸せ 2/2

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カサンドラは優秀であることはビッテンフェルトはよく知っている。フェザーンに颯爽と引っ越したカサンドラに呆れもした。いずれはフェザーンに引っ越さねばならんだろう。また、家を提供されても断るだろう。引っ越しが早くなっただけだと思えれば良い。ただ、彼女が優秀であることがビッテンフェルトには悩みであった。
家よりも彼女は自由であったほうが良かったのか。悩み続けている内容に今更何を言うか、と言うものが多い。しかし、自由がカサンドラの手腕を発揮させると答えが出てしまうことになる。
新たな家が気になるのだが、イゼルローン要塞が陥落。出陣ははやい内にあるだろう。

「閣下、お休みをとられてはいかがですか。
ほとんどお休みをとられていないように見えます」
「軍人が治安維持、当然だろ。制圧したら終わりじゃないんだ」

心配したオイゲンはビッテンフェルトにそう言った。新居をだしに休ませるつもりだ。この武人が天職の男は置いておくと動き続ける。体を動かし続けないと死んでしまうと思わせるほどに。

「上官が休まなければ部下が休めません」
「勝手に休めば良いだろうに」

オイゲンの発言には助けられることが多い。軍事でも日常でも、オイゲンというストッパーがいるから生きてこられた。ビッテンフェルトがそれを理解しているか、それは分かりづらいところだ。
休めばいいのか、とふてくされながら彼は新居に帰宅することにした。送られてきた住所から辿り着いた一軒家。二人暮らしには充分だった。
自分の自宅なのに何故呼び鈴をならさねばならんのか。ビッテンフェルトが呼び鈴を鳴らすとカサンドラが出てきた。バスタオル一枚で。

「帰るなら連絡ください。夕飯は?」
「おまえ、その格好はないだろ!!」
「うわ、良い年のおっさんが赤くならないでくれません?」
「おまえな!!」

家に入って早々、ビッテンフェルトが怒鳴り散らした。バスタオル一枚で宅配の荷物は受け取らないというカサンドラを無視し、早急に服を着るように命令した。
思春期の男の子、と内心ツッコミを入れつつ、カサンドラはパジャマに着替えた。カサンドラのパジャマは子供っぽい。アジア系の童顔で似合ってしまう。しかし、連絡なしで同僚を連れてきたときパジャマ姿だと、「おれはロリコン趣味と思われないか」と無駄な心配をする。

「夕飯の残りでも食べますか?」
「そうだな、食えるなら」
「物体Xでも食わせるぞ、そんなにいうと」

一人での食事は多いせいで質素なものだったがビッテンフェルトは気にしなかった。亭主関白などどうでもよかった。家庭のことはわからない。カサンドラができることは任せたほうがいい。聞きたいことは訊けばいい。

「おまえ、飯がうまくなったか?」
「そりゃ、一人で外食なんてしませんよ。一人用の量がわからなくて未だに困る。」
「まぁ、ハイネセンで友人がいるだろ。招待したらどうだ。」
「根本的解決じゃない。」

彼女はおそらくヤン艦隊にいます、カサンドラはそう言えなかった。気にしてしまう気がした。戦争に出ていて、死ぬ覚悟ができないほど、彼女は馬鹿ではないだろう。しかし、元軍人でありながらカサンドラは気にしてしまうのだ。前線に立つことのない立場だから。

「カサンドラ、今日はこれからどうする」
「寝ます。寝室と荷物の場所教えないとダメですね」
「おまえが良いなら、一緒に寝ないか」

一緒に寝ないことがあっただろうか。カサンドラは馬鹿のように真面目に考えた。ビッテンフェルトに顔を向けてやっと意味がわかる。
この二人は未だに一線を越えていないのだ。
気がついて、返答に困ったカサンドラは「好きにしてください」となげやりに言い放った。

天井を見てシミを数えていたら終わるのか。カサンドラは横に首を振るだろう。「好きにしてください」をお決まり展開として捉えたビッテンフェルトを殴ってやりたかった。
イビキをかいているビッテンフェルトの寝顔を眺めて、笑った。滅多に見せない笑いだった。
この世界に来て手に入れた幸せ。小さな幸せ。この幸せでカサンドラには充分だった。満たされていた。
何がいけなかったのか。この時点ではわからない。強いていうなら人の欲望だろう。
ビッテンフェルトの横顔にキスをして、彼女はシャワーを浴びに行った。
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