33.欲しいのは事実 2/2

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ガイエスブルグ要塞を犠牲にして得たものは、ケンプ提督の無駄死とミュラーへの寛大な処置ぐらいだった。
暇を潰すためにミュラーのもとに見舞いに行くと、書類を眺めながら顎に手を当てていた。看護師との恋愛など無縁のように見える。カサンドラは邪魔にならない程度の小さな花を差し出し、パイプ椅子に座り込んだ。ミュラーは顔をあげて微笑んだ。

「ビッテンフェルト提督が妬いてしまいますね」
「誤解を招きそうな発言は止めてくださいな、ミュラー提督。それより体調はいかがですか」
「動かないと疲れないので寝れませんよ。」
「ビッテンフェルト提督が『いい身分だな』と怒鳴りますよ」

カサンドラがため息混じりに言い放つと、ミュラーは声を出して笑った。
彼女は急に居心地が悪くなったように感じた。若き提督の顔を眺めてはいけないように思い目をそらした。自分のせいではないと言い聞かせる。ミュラー提督が向ける好意がただの好意とは違うように感じた。
友情関係以上恋愛感情未満。
どこに当てはまるのか、わからないカサンドラは非道徳的なものしか感じなかった。
話のキリが良い場所でカサンドラは病室をあとにした。謎の居心地の悪さを取り払い、病院のロビーに出るとロイエンタール提督が待合室にいた。しかも珍しく私服である。挨拶が必要だろうかと悩む前に、ロイエンタールから挨拶をしてきた。

「ミュラー提督の見舞いに来るほどの仲だったとは」
「それはロイエンタール提督では?」
「ほぉ、そう見えるか」
「では今日はなに用で?」
「定期検診」

ロイエンタールの口からは似合わない言葉に声を詰まらせてしまった。

「終わったところだ」
「そうですか」

定期検診を受けるロイエンタールを思い浮かべると、つい笑いそうになるのでカサンドラは無心になるように努めた。
適当に切り上げて帰ろうと決めたカサンドラだったが、ロイエンタールの言葉を聞いて顎が外れそうになる。

「暇なら食事でも如何かな」
「はあ!?」

病院の待合室に似合わない大声がでた。
「提督クラスにそう言える者はそういないだろうな」というロイエンタールの台詞など耳に入らなかった。
これは断るべきだろうか、とまともに考えられるほどロイエンタールは冷静さを与えてはくれなかったのだ。

帰宅したビッテンフェルトが見たのは、椅子に座り今にも泣き出しそうなカサンドラの横顔だった。
優しく気を使うという優しさのないビッテンフェルトは、カサンドラの肩を鷲掴みにした。驚いたカサンドラは用意していたスープに肘を引っ掻けて落とした。運良く体にスープはかからなかった。

「何があった!!」
「は?」
「今日はミュラーの見舞いに行くと言っていたな。ミュラーか、ミュラーか!!」

騒ぎ立てるビッテンフェルトに彼女は躊躇い無しに平手打ちをした。
苦笑いをするカサンドラを見てビッテンフェルトは内心舌打ちをする。本当に何もないのなら彼女は怒鳴り込むぐらいのことはする。向けられた苦笑いが心配させまいとしているものだと、ビッテンフェルトには気づかれていた。
「信用されていないのか」と言いたい衝動は、落ちたスープが目に入り消された。

ワーレンと退院したばかりのミュラーは仕事の合間に廊下で立ち話をしていた。話題は入院中のことからワーレンの息子などと広かった。中でもミュラーはカサンドラが見舞いに来てくれたことを話したがっていたので、ワーレンは尋ねようにも尋ねにくかったことを訊いた。

「卿は、カサンドラが好き、なのか」
「そうですね」

ワーレンは顎が外れそうになるのを我慢した。気にせずに若き提督は続ける。

「妹みたいで可愛いですよね」

それを聞いたワーレンは安堵のため息をついた。ミュラーが人妻に手を出すような身ではないと分かっていながら、信用しきれなかった自分に怒りも感じた。

【日付 かすれているので読めない 天気不明
ロイエンタール提督との食事は正直つまらなかった。他の女性みたいに私にはロマンチックなんていらない。ただしひとつの現実がほしい。
提督のいうように「世界に捨てられた」のではない。「世界を捨てた」という事実を。】
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