▼ 20.妙なデート
暑い。
あっという間に夏休みだ。米屋が実験で使った薬品で何かやらかしたらしく、一人騒いでいる。
どうやら硝酸銀を指につけたらしく、黒いホクロのように痕がついたようだ。三輪は当然心配しない。
そんな会話を聞きながら、菊地原はどうでもいいと呟いた。化学の宿題を食堂で開き、視線は目の前でA級定食を食べる如月に向かう。
理数系の如月になら化学の質問は問題ないだろう。問題があるとしたら、語り出したら長いところで。
「菊地原、それはアセトアルデヒド」
「・・・・・・じゃあこれは?」
「お前、やる気ないだろ?全部聞く気か?
はぁ、1.1.3.-トリクロロペンタン。トリがギリシャ数字の3で、クロロがClを指す。」
菊地原は実は全く聞いていないのだが、気づいてはいないらしい。
欠伸をして日替わり定食でも食べようかと立ち上がって、菊地原は思い出したように言った。
「そう言えばお盆、暇があったな」
ここからデートと言う単語に繋げる予定だった。しかし、如月が先手を打ってしまう。
いまだにデートをしていない二人なのでそろそろ動き出してもらいたい。
「すまん、墓参りだ」
「・・・・・・」
ふてくされてやろうか。菊地原はちょっと意地悪に考えたが、それは止した。
それをしたら、負けだ。絶対に如月は気にして合わせてくるに決まっている。自由人にみえて気にするタイプだ。
分かっていて利用するのは今じゃなくていい。もっと使い道があるのだから。
それより菊地原は「墓参りとは弟さんか」と内心で呟いた。
ヴァルハラにいる弟が、「姉さん、彼氏さんがちょっと怒ってるから墓参りなんかいいよ」と言ったそうだが、聞こえるわけがない。
「ついてく。」
「はぁ!?」
「だから、墓参り」
「・・・・・・え。まあ、どうぞ?
どうぞでいいのか?」
ちょっと悩んだ如月だったが、まあいいのだろうと承諾してしまった。
これが二人の初デートになる。
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