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《no side 》
──── 江向通りの細道では、緑谷とヒーロー殺し・ステインが交戦していた。
プロヒーローのネイティブを殺そうとしていたステインを見つけた飯田は、兄の仇を討つために向かっていったのだ。
憧れの兄の、ヒーローとしての道を奪われたことへの憎しみ。
飯田は、これまで押さえ込んでいた怒りと憎悪を爆発させたのである。
しかしプロヒーローですら敵わないステインの強さに飯田が敵うはずもなく、飯田は倒れてしまう。
ステインの個性は、相手の血を経口摂取することで動きを止めるというものであり、血を舐められた飯田は文字通り身動きが取れなくなってしまったのである。
ステインが飯田にとどめをさそうとしていたその時、間一髪で助けたのが緑谷だった。
新幹線で脳無らしき敵の攻撃を受け、緑谷の職場体験先のヒーローであるグラントリノと分かれ、ここにやってきたのだという。
この職場体験の3日間で緑谷の個性は進化しており、以前とは見違える動きをしている。
しかしその緑谷でさえも小さなかすり傷をつけられて、簡単に動きを止められてしまったのだった。
ステイン「……パワーが足りない。俺の動きを見切ったんじゃない。視界から外れ、確実に仕留められるよう画策した……そういう動きだった」
ステインはそう言うと、動きをとめられた緑谷の横を素通りした。
ステイン「口先だけの人間はいくらでもいるが……お前は生かす価値がある。コイツらとは違う」
彼がゆっくりと向かう先には……未だ動けずに倒れている、飯田。
その光景に、緑谷は目を見開く。
友達が危ないのに、体が動かない。
緑谷「……っ、ちくしょう!!やめろ!!やめろーーーっ!!!」
振り上げられる刀。
緑谷が、喉が張り裂けんばかりに叫んだ、その時だった。
──── ゴオォォォォッ!!!
火炎と突風が、勢いよくステインを襲った。
ステイン「次から次へと、今日はよく邪魔が入る……」
驚異的な反射神経で瞬時に攻撃を避けたステイン。
緑谷と飯田は、驚いてそちらに目を向けた。
轟「緑谷、こういうのはもっと詳しく書くべきだ。遅くなっちまっただろ」
名前「ごめんね、遅くなって!2人とも大丈夫!?」
緑谷「何で君たちが……!?それに轟君、左……!」
2人が駆けつけてくれたこと、そして轟が炎を使ったことに驚き、緑谷は声を上げた。
轟「何でってそりゃ……こっちの台詞だ。数秒意味を考えたよ、一括送信で位置情報だけ送ってきたから……。意味なくそういうことするやつじゃねぇからな、お前は」
轟は追撃とばかりに氷を放った。
ステインは空中にジャンプしそれを避ける。
その氷は反対側で倒れていた緑谷とプロヒーローのネイティブを乗せ、轟と名前の後ろへと運ばれていく。
名前「もう大丈夫だよ、すぐにプロが到着する!!」
そう叫びながら、ちらりと轟の方を見て、視線で何かを訴える名前。
ネイティブの手当てをするから自分に時間稼ぎをしてほしいのだと、轟はすぐに読み取った。
すぐさまネイティブの止血に取り掛かる名前を庇うように、轟はステインの前に立ちはだかる。
轟「情報通りのナリだな。コイツらは殺させねぇぞ、ヒーロー殺し」
轟の左手では、炎が赤々と燃えていた。
緑谷「轟くん、名前ちゃん!ソイツに血ィ見せちゃ駄目だ!多分血の経口摂取で相手の自由を奪う!皆やられた!」
轟「それで刃物か。俺と名前なら距離保ったまま、」
──── ザシュッ……
轟『しまっ……!!』
轟が目を一瞬離した隙に、小型のナイフが闇夜を切り裂いた。
そしてそれは轟の頬を掠る。
それを認識するのとほぼ同時に、目の前にはステインが迫っていた。
ステイン「いい友人を持ったじゃないか、インゲニウム!」
一瞬で、眼前に。
轟はステインの攻撃を咄嗟に氷で防御するが、ステインはちらりと視線を上に向ける。
轟の頭上には、刀が投げられていた。
轟『刀……!ナイフと同時に投げて、』
ほんの一瞬、轟の意識が頭上の刀へと向いた瞬間。
ステインがその隙をつき、轟の胸倉を掴みあげた。
ステインの舌が、轟の頬から流れる血を目掛けて迫る。
まさに危機的な状況に陥った、その時だった。
名前「 ──── っこんの、!!」
ステイン「っ!!?」
いつの間にかネイティブの応急処置を終えていた名前が、ステインの後ろに周り込んでいた。
彼女がステインの首に巻かれている赤い布を思い切り引っ張り、ステインのバランスを崩させたのである。
ステインの意識は完全に轟に向いていたため、風を纏って高速で上空から背後に回り込んでいた名前には気づかなかったようだ。
バランスを崩したステイン。
それを見逃さず、名前はステインの腹に鋭い膝蹴りを食らわす。
そして一瞬距離を取ると、風を纏って瞬く間にステインの間合いに入り込みながら、瞬時に体を縦回転させて踵をステインの顔面に勢いよく当てた。
空手の胴回し回転蹴りである。
名前はふらついたステインの左手 ─── ナイフを持っている手を掴みあげると、一瞬で関節技をきめて、
名前「焦凍!!」
名前を呼ばれ、ハッと我に返る轟。
戦闘の最中だというのに、名前の動きに見入ってしまっていたのである。
轟はステインと名前目掛けて炎を放出した。
──── ゴオォォォッ!!
再び炎が路地を這う。
迫る炎を見た名前は瞬時にステインから離れて風を纏って空中へ飛び上がると、そのまま飛んで轟の後ろへ着地した。
轟「名前、怪我ねえか!?」
名前「無い!でもアイツ、全然効いてないっ……!」
間一髪で炎を避けたステインを見て、名前は顔を歪めた。
昨日エンデヴァーのサイドキックであるメテオライトに言われた、「ノーマルの攻撃では歯が立たない」という言葉を思い出していたのである。
そんな彼女の手には2本の刃物。
ステインの手からもぎ取ったナイフと、先程上空に投げられて地面に落ちていた刀を回収してきたのである。
轟「……お前、やっぱりすげぇな」
緑谷「名前ちゃん、マジかすごい!ナイフも取ってきたの!?」
名前「こんなの全然。気絶させるつもりで顎狙ったのに……アイツ、ちゃんと意識ある。タフすぎる」
いつもの笑顔は消え去り、眉を顰めて余裕の無い表情でステインを見据える名前。
ステインは、またどこからか刀とナイフを取り出して、名前をじっと見つめていた。
ステイン「 "風" の遠距離型個性で、武術……個性に慢心せず、仲間を守るために常に強さを求める……。お前、良いな。お前も生かす価値がある」
名前「っ、」
轟「名前、耳貸すな」
ニヤリと口角を上げたステインを見て、名前はゾクリと全身に鳥肌が立つのを感じた。
思わず1歩後ずさった彼女を見て、轟が声をかける。
その言葉に名前はコクリと小さく頷いたが、ナイフと刀を握る両手はじっとりと汗ばんでいた。
そして ────
ステインが、再び動く。
名前「っ、くるよ!!」
名前の声に瞬時に反応した轟は、咄嗟に大氷壁でバリアを張った。
飯田「何故……2人とも、何故だ……やめてくれよ……兄さんの名を継いだんだ、僕がやらなきゃ、そいつは僕が……」
飯田は、轟と名前が戦う気配を感じながら、震える声を出す。
体の中から絞り出すような、苦しげな声だった。
轟「継いだのか、おかしいな」
飯田の憎しみと悔しさを押し殺した声とは反対に、轟は淡々としていた。
轟は、この細道の中で出せる範囲の大氷結を繰り出す。
轟「俺が見たことあるインゲニウムはそんな顔じゃなかったけどな。……お前ん家も裏じゃ色々あるんだな」
まるでイバラ道のようにその場を覆い尽くした氷だったが、数秒もしないうちにステインの刀でバラバラと崩される。
ステイン「己より素早い相手に対し自ら視界を遮る…愚策だ」
轟「そりゃどうかな」
轟は、氷が破られたところから現れるであろうステインに炎で攻撃しようと左を振り被る。
そして名前もステインから奪ったナイフを2本構え、小規模の竜巻を生成しようとした時だった。
──── 空間を切り裂くように飛んでくる、4本のナイフ。
名前「っ、!!」
ナイフに何とか反応した名前は、自分の肩を狙って飛んできた2本のナイフを刀でたたき落とす。
しかし、
轟「くっ、!!」
名前「っ、焦凍!!」
轟の左腕に、2本のナイフが刺さっていた。
なぜ彼に向かって飛んできたナイフも止められなかったのだ、と自分を責めながら名前は轟の腕に刺さったナイフを引き抜く。
しかしそれと同時に、
轟「上……!!」
名前「っ、!!」
ステイン「お前も、良い……!」
飛び上がったステインが、完全に狙いを定めてナイフを振り上げて、こちらに迫ってきていた。
しかし、名前が咄嗟に轟を守るように立った時。
何かがものすごいスピードで名前の横を通り抜け、ステインにぶつかる。
それは、緑谷だった。
動けなかったはずの緑谷が空中に現れ、ステインを壁に押し付けたまま高速で引きずっていく。
轟「緑谷!!」
名前「出久!!?なんか体バリバリいってるよ、何それ!?てか動けるの!?」
緑谷「なんか普通に動けるようになった!」
轟「時間制限か!?」
ネイティブ「いや、あの子が1番後にやられたはず……俺はまだ動けねえ……!」
ステインが抵抗して緑谷に肘鉄を食らわし、緑谷は地面に投げ出される。
それを見た名前と轟は瞬時に反応した。
名前「出久!!」
轟「下がれ緑谷!!」
氷と強風が、緑谷を守るようにステインを襲う。
緑谷は何とか名前たちの方へ戻ってきた。
緑谷「はぁっ、ゲホゲホッ……血を採り入れて動きを奪う……僕だけ先に解けたってことは、考えられるのは3パターン。人数が多くなるほど効果が薄くなるか、血の摂取量で効果時間が変化するか、血液型によって効果に差異が生じるか……!」
ネイティブ「血液型……俺はBだ」
飯田「僕は、A……」
5人の話を聞いていたステインは、ニヤリと口角を上げた。
ステイン「血液型……ハァ、正解だ」
名前「なるほどね。……まあ、わかったところで血液型なんて変えられないし、どうにもならないけども」
轟「さっさと2人を担いで退散してえとこだが……氷も炎も風も避けるほどの反応速度だ。そんな隙見せらんねえ。プロが来るまで近接を避けつつ粘るのが最善だと思う」
緑谷「轟くんは血を流しすぎてる……僕が奴を引きつけるから轟くんと一緒に後方支援を!名前ちゃんも、僕と一緒に奴を引き付けてくれる?」
緑谷の言葉に、名前はしっかりと頷いた。
彼女の美しい碧色の瞳は、力強く頼もしい。
名前「もちろん!無傷なのは私だけだからね、しっかり働くよ」
轟「相当危ねえ橋だが……そうだな。3人で守るぞ」
ステインがまだ本気を出していないのは、3人ともわかりきっていた。
それでも名前と緑谷は、轟の言葉にしっかりと頷く。
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