第二章 体育祭〜職場体験 | ナノ


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《 爆豪勝己 side 》


──── ブルブルと、スマホが振動した。

画面に映った文字は『風花名前』。
一瞬ドクリと心臓が跳ねたのを無視して通話を許可する。



名前《あ、もしもし!?やっほー勝己!ねえねえ聞いて、エンデヴァーさん凄いんだよ!!あのね、今日ね、》

爆豪「うるっせんだよいきなり!俺の返事くらい待てや!」



ボタンを押せば途端に始まる名前のマシンガントーク。
落ち着けと怒鳴れば、ごめんごめんと気の抜けた返事が返ってきた。

……正直に言えば、うるさくなどない。

名前の声は不思議だ。
どんなにイライラしていてもコイツの声を聞けば、一瞬で落ち着く。
心の中にぽっと小さな灯りが灯るような、そんな感じだ。

しかし同時に、スマホを耳に当てているせいでいつもよりも声が近い。

この声は本当の声ではなく機械音だ。
それなのに何故かそれがこそばゆくて、つい怒鳴ってしまった。

耳元で聞こえてくる声に耐え切れず、スピーカーモードにしてスマホを遠ざける。



名前《ね、聞いてって勝己!今ね、エンデヴァーさんの別荘に泊まってるの!それでね、ご飯がすっごい美味しかった!凄かったんだよ、いろんな料理が出てきてさ!お蕎麦とか天ぷらとか、美味しそうな和食ばっかりだったの!も〜、これでもかっていうくらい食べちゃった!それで今ね、食べすぎて動けなくなってる》



職場体験中だというのに、出てくるのは飯の話ばかり。

いつも通りすぎるその様子に自然と口角が上がってしまう。
それが声に出てバレないよう、抑え込むのに必死だが。



爆豪「……ばーか。食ってすぐ寝ると牛になんぞ」

名前《あ、酷い!すぐじゃないよ、お風呂入ってきたし!》

爆豪「……ばーか」

名前《またバカって言った!バカって言う方がバカなんだよ、ばーか》

爆豪「自分で言ってんじゃねえか」



なんてありきたりな、子供っぽいやり取り。
それなのに、口元の緩みを抑えきれない。

くそ、なんだこれ。



爆豪「……テメェの今の顔当ててやる。ハリセンボンみてえに頬膨らましてんだろ」

名前《えっ、なんでわかったの!?もしかして私の事監視してる!?》

爆豪「ンなわけねえだろアホか!」

名前《てかハリセンボンって酷くない?もうちょっと可愛いのにしてよ、リスとかさ》

爆豪「てめぇなんざハリセンボンで十分だ」

名前《酷いな、もう!》



声しか聞こえず、顔は見えない。
それなのに、脳裏には鮮明に名前の表情が浮かぶ。

澄んだ碧い瞳をいつものようにキラキラさせて、くるくると表情を変える名前が……。

……別に変な意味はねえはずだ。
一緒にいる時間がクソほど長かったから、これはその積み重ねみてえなモンだ。



名前《……あ!もしかして、勝己の中ではリスよりもハリセンボンの方が可愛いとか!?》

爆豪「どこまでポジティブなんだよテメェは!」

名前《ていうか、よく考えたらハリセンボンも可愛いじゃん》

爆豪「脳ミソ花畑すぎんだろ」

名前《……わあ、お花畑って言葉が似合わない大賞……》

爆豪「うっせ」



声の距離は近いように思えて、実際には遠い。
いつもは、振り返れば必ずそこにいるのに。

……なんだかもどかしく思えるのは絶対に気のせいだ。



名前《そういえば、勝己の方はどうだった?ベストジーニストさんどんな感じ?》

爆豪「……来る場所間違えた」



ベストジーニストの個性で身動きを封じられたことや髪を8:2に分けられたことを話せば、カラカラという笑い声が聞こえてくる。

笑うんじゃねえといつもなら怒鳴るところだが、なんだかそんな気は起きなかった。
むしろその声が心地よいとすら感じてしまう。


……しかし暫くすると、名前の話すペースはどんどん遅くなっていった。

先程まではマシンガンだったのに、今はまるでポツリポツリと静かに降る小雨。
それになんだかいつもよりも舌っ足らずで、もにゃもにゃと何かを言っている。



爆豪「……ねみぃんか」

名前《んー?…………眠く、ないよー?》

爆豪「なんだ今の間」



どうやら睡魔に襲われているらしい。

そろそろ切るから寝ろと言えば、「やだ」という声が返ってきた。
やだってなんだよ、ガキか。

……だが俺の方から通話を切ろうと思えば切れるのに、何故かそんな気にはならなかった。



名前《……かつ、き……》

爆豪「あ?ンな眠そうな声しやがって、もう切るぞ」

名前《……さみしい、よ……》

爆豪「……っ、は!?」



ドクンと心臓が跳ねたのと呼応するように、ベッドから飛び起きた。

コイツ今、なんつった?
寂しいっつったのか?

心臓が有り得ない速度で脈を打っている。
電話越しに聞こえてしまうのではないかというほど、大きな音を立てていた。



名前《……1週間も……会えない……さみ、しいな……》

爆豪「……寝ぼけとんのかテメェは、」



……くそ、なんだこれ。

何とか冷静を装って言葉を返すが、普段よりも舌っ足らずで甘ったるい声に頭がクラクラした。



名前《んん……かつき、は……さみしく、ないの……?》



そんなわけあるか。

……という言葉が飛び出しそうになり、慌てて口を閉じた。

何を言おうとしてんだ俺は。
ンなわけねえだろうが、寂しいとか有り得ねえ。
今のはコイツにつられそうになっただけだ、絶対に。



爆豪「……俺は、」



バクバクと口から出そうなほどに暴れる心臓。

胸が痛ぇ。ンだよこれ。
思わずスマホを握る手に力が入る。



……物心ついた時から、ほぼ毎日隣にいた女。

いつもは手を伸ばせばすぐに触れられる距離にいるのに。
今日も明日も明後日も名前がここに居ないという状況を、なぜか気持ち悪いとまで思ってしまう。

毎日肌身離さず持っていたモンが、突然無くなったような感覚。

……違ェ。絶対に違ェ。
寂しいとかじゃねぇ、絶対に。


……しかしそこで、違和感を覚えた。



爆豪「………名前?」



スピーカー越しに聞こえてくる、スースーという不思議な音。

何の音かと一瞬頭を巡らせれば、すぐに答えに辿り着く。



爆豪「……寝やがったな、クソ女……!」



画面に向かって吐き捨てた。

こうなってしまった以上、自分が切らなければこの通話は終わらない。

……それなのに、何故か切れなかった。
ボタン一つが押せないのだ。

その間にも聞こえてくるのは、名前の静かな寝息。
名前から奏でられている音だと思うと、何故か聞き入ってしまう。
聞きながら、バクバクと心臓が脈打っていた。


そんな自分に気づいたのは、名前が寝てしまってから5分ほどが経ってからであった。



爆豪「……なに、しとんだ俺は」



自分の不可解な行動に気づき、ブチッと通話を切る。

顔が火照って熱い。
いや、顔だけじゃねえ。
全身がカッと燃えるように熱かった。

……意味がわからねえ。
なんでこんな、腐れ縁の女なんかに。



爆豪「……クソが、……」



頭をガシガシと掻く。
火照った体を冷まそうと、仕方なく俺は外に出た。



──── 物心ついた時からずっと隣にいた女。
友人というより、最早家族に近い存在だった。

そのはずなのに、時折感じてしまうのは嫉妬心。
中学までは俺以外の特定の奴と行動することはほとんど無く、基本的に一匹狼だったはず。

それなのに、アイツの世界はどんどん広がっていく。
俺のいない所でも、アイツはよく笑うようになった。

あの綺麗な瞳に俺以外の奴が映るのが、どうしようもなく憎かった。


……だから、正直嬉しかった。
寂しいと、アイツが少しでも思っていてくれていたことが。

これは完全なる俺の独占欲だ。
だが、ただの腐れ縁の女に何故これ程まで執着してしまうのか。

その理由を俺が知るのは、もっと先のことになる ──── 。

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