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──── その日の帰り道。
名前「……ねえ、本当にいいの……?」
爆豪「あ?いいっつってんだろうが、しつけェ」
前を歩く彼の袖をつんつんと引けば、ギロリと睨まれてしまう。
だけど、これに関してはさすがに何度も確かめずにはいられないのだ。
名前「だって、嵐太達の面倒見てくれるって、それも1週間も……」
爆豪「何今更遠慮してんだアホか」
名前「だって1週間だよ!?さすがに申し訳ないよ」
来週から私達は職場体験に出かける。
1週間の職場体験はヒーロー事務所に泊まり込んでの活動になる。
しかしそうなると困るのが、嵐太達の預け先だ。
親類も近くにおらず、母も帰って来られない。
だが1週間もあの子達だけで生活をさせるわけにはいかない。
そんな悩みを吐露したところ、勝己が助け舟を出してくれた。
なんと、勝己のお母さんとお父さんが1週間も嵐太達の面倒を見てくれるというのだ。
しかも驚いたことに、勝己は昨日のうちに光己さん達に話をつけてくれたらしい。
2人とも快くOKしてくれたのだとか。
爆豪「ああ?申し訳ねえとか言うなや、気持ち悪ィ」
名前「相変わらず酷い」
爆豪「じゃあ預け先の宛てはあんのかよ」
名前「それは……ないから、困ってた」
爆豪「だったらババア共に預けんのが得策だろうが」
確かに勝己の言う通りなのである。
家も隣だし、嵐太達もよく勝己の家には遊びに行っているからストレスはないはずだ。
だが1週間も預かってもらうというのはさすがにどうなのだろう……。
すると、ゴツッといきなり頭を殴られた。
名前「痛っ!!?ちょ、急に何!?」
爆豪「ニワトリかテメェは。脳ミソ入ってんのか?」
名前「ちょっと、それめちゃくちゃ失礼 ──── 」
そこまで言って、私は言葉を切った。
彼の赤い瞳が真っ直ぐにこちらを見ていたからである。
な、何……?
ドクッと心臓が跳ねる。
爆豪「……体育祭」
名前「……え?」
爆豪「もう忘れてやがんのか、テメェは」
名前「……あ、」
ようやく、彼の言わんとしていることを理解する。
脳裏に蘇るのは、体育祭で勝己と戦った時に彼が言った言葉。
"爆豪「少しくらい俺を頼れや!!何のために俺がいると思ってんだクソ女!!」"
抱え込むな、俺を頼れと、叫んだ勝己。
あの言葉は確実に私の荷を下ろしてくれた。
それでも何だか気が引けてしまうけど……。
でも、勝己の提案以外に良い方法は思いつかないし。
……今頼っても、いいのかな。
名前「……じゃあ、お願いしてもいい……?」
爆豪「初めからそうしろや、アホ」
今度はコツッと、軽く頭を小突かれる。
帰んぞ、と勝己は私の手を引いて歩き始めた。
名前「……ごめんね、勝己……」
爆豪「あ?鬱陶しいから謝んな」
名前「……ありがとう」
爆豪「……おう」
やっぱり、勝己は優しい。
不器用だけど、すごく温かいんだ。
なんだか嬉しくて、勝己の腕に抱きついた。
「離れろアホ」と言われたが振り払われないし、満更でもなさそうなのでそのまま歩く。
名前「じゃあ、今日これからご挨拶に行ってもいい?」
爆豪「あ?いらねーわ、ンなもん」
名前「何言ってんの、駄目だよ!あと、何かお菓子も持っていきたいから、ちょっと買い物付き合って!」
爆豪「ふざけんなめんどくせぇ」
名前「そんなこと言わずに!ね、ね、お願い!」
爆豪「……うるっせ、さっさと行くぞクソ女!!」
名前「やった!ありがと!」
時々こうやって、勝己と一緒に買い物に行く。
それは、実は私が大好きな時間でもある。
こんなことは口が裂けても言えないけどね。
名前「あ、そうだ!勝己はもう職場体験どこ行くか決めた?」
爆豪「……ベストジーニスト」
名前「……えっ、マジか」
ベストジーニストとはNo.4のヒーローである。
実力も人気も凄まじいヒーローだ。
だが彼の元に勝己が行くというのは何だか意外に思えた。
名前「ベストジーニストさんって結構厳しそうだよね、態度とかに。勝己気をつけなよ」
爆豪「ふざけんな!俺のどこが態度悪ぃんだよ!」
名前「自覚無しかい」
爆豪「あ"あ"!?」
私のイメージだと、ベストジーニストさんはヒーローの規範となるような人間性や言葉遣い、感情の抑制などを徹底しているように思える。
サイドキックの事もしっかりと教育してそうだ。
名前「ベストジーニストさんの事務所ってみんなジーンズ履かないといけないんじゃないっけ?」
爆豪「あ?ンなわけあるか。つーかお前はどうすんだよ」
名前「私?エンデヴァー事務所に行くことにした!」
エンデヴァーという言葉に勝己はピクリと反応した。
一瞬だけちらりと顔を見られる。
爆豪「……指名来てたんか」
名前「そう!びっくりだよねぇ、体育祭は結構失敗したと思ってたのに。それに、轟が一緒に行こうって誘ってくれてさ」
爆豪「……あ?」
勝己の足が止まった。
私の手を握る彼の手に力が入る。
こちらを振り返った彼の目が、怒りで燃えていた。
まずい、言わない方がよかったか。
名前「……あ、あの……勝己……?」
爆豪「……半分野郎と、行くんか」
名前「ちょ、痛いよ……」
ギリギリと彼の指が手首に食い込んでくる。
爆豪「……ふざけんじゃねえ。今すぐ変えろや」
名前「む、無理だよ!もう提出しちゃったし……」
チッと舌打ちをする勝己。
やばい、勝己が声を荒げない。
これは結構怒ってる……。
パッと私から手を離すと、私を置いてズカズカと歩いて行ってしまう。
慌てて追いかけるが、彼の歩くペースはいつもよりも明らかに速い。
やっぱり、いつもは私に合わせていてくれたんだと再確認した。
名前「ね、待って、勝己!」
爆豪「うるせぇ」
どうすればいいんだろう……。
またすれ違うなんて、そんなの絶対に嫌だ。
何とか彼のペースについていきながら、必死に策を考える。
名前「……っ、じゃあさ!職場体験中、寝る前に電話しようよ!時間ある時でいいから!」
爆豪「……あ?電話?」
名前「うん!あ、嫌なら出なくてもいいよ?私がメッセージ入れるだけでもいいし……とにかく、私は毎日勝己に連絡するから」
どうかな、と私よりも背の高い勝己の顔を見上げる。
彼の瞳は先程のようにはギラついておらず、少しだけ動揺の色が浮かんでいた。
……やっぱり、これじゃダメかな。
自分でもどうしてこんな方法を思い付いたのかはわからない。
咄嗟に思い付いたのがこの案だったのだ。
この様子じゃきっと、「なんでテメェとンな面倒くせェことしなきゃならねえんだ!!」とか言われそうだな……。
……しかし、返ってきたのは予想外の反応だった。
爆豪「……毎日っつったな?」
名前「……え?あ、うん……?」
爆豪「……1日でも忘れたらぶっ飛ばす」
名前「……えっ、いいの?」
爆豪「うるっせ何度も言わせんなや!!もしテメェが忘れやがったら鬼電してやらァ!!呑気に寝てられると思うなよクソ女!!」
名前「う、うん!」
あ、あれ?意外と乗り気……?
てっきり断られると思っていたのに。
名前「……マジか、よかった!よーし、電話しよう!絶対毎日するからね!」
爆豪「……うるせ」
フンとそっぽを向いてしまう勝己。
そんな彼を見ながらも、内心私はわくわくしていた。
今までほぼ毎日会っていたから、わざわざ電話なんてしたことはない。
勝己と電話か、どんな感じなんだろう……。
なんだか楽しみだ、正直言うと職場体験と同じくらい楽しみかもしれない。
爆豪「浮かれんなアホ」
名前「いてっ」
ビシッとおでこに走る衝撃。
こいつ、デコピンしやがった!
名前「別に浮かれてないし!そういう勝己こそ、本当は寂しかったんじゃないのー?」
爆豪「ざけんな」
BOOOM!!!
名前「ぎゃあああっ!!?ちょ、こんな住宅街で個性使わないでよ!!」
爆豪「うるっせアホ女!!」
くっついたり、離れたり。
そんな事を繰り返しながら歩く私達を、夕日が照らしていた。
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