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《 no side 》
耳郎「うわっ、あんたの凄い量……!」
名前「え?」
その日の昼休み。
学食を食べ終えて教室に戻ってきた名前がパラパラと捲っているのは、名前を指名したプロヒーロー事務所のリストである。
それを見た耳郎はぎょっとしたように声を上げ、その隣にいた八百万は驚いたように目を見開いていた。
名前「あ、これ?」
耳郎「何枚あるの?」
名前「んー、15枚くらい」
耳郎「15……」
へえ、と言いながら耳郎は名前の持っているリストを覗き込んできた。
八百万「……流石ですわ、風花さん。私なんて100件程しか……」
耳郎「いやいや、そんなこと言ったらウチなんて0だよ。そもそも最終種目まで残れなかったし……。やっぱり3位ともなると違うんだね」
耳郎はいつも通りカラッとしているが、八百万はなんだか悲しげだ。
八百万は体育祭の最終種目で、常闇に為す術なく敗退していた。
そのせいか、なんだか入学当初よりも彼女のオーラから自信が消えているように思える。
すると名前はリストから手を離し、耳郎と八百万の手を握った。
名前「何言ってんの、2人ともめちゃくちゃ頑張ってたじゃん!種目との相性もあるし、今回はたまたまプロヒーローに2人の魅力が伝わり辛い種目だったんだよ。私はちゃんと知ってるもん、2人がめちゃくちゃ凄いんだぞってこと!」
碧く美しい瞳は、まっすぐに2人を見ていた。
それは嘘偽りの無い色だ。
ああそうだ、この子はこういう子だったと耳郎は思う。
「相性が悪かっただけ、魅力が伝わり辛い状況だっただけ」と、普通の人とは全く異なる新しい捉え方をする。
そしてそれが、自分達にとってどれほどの救いか。
この子はきっと、周りを勇気づける天才なのかもしれない。
八百万「……ありがとうございます、風花さん」
耳郎「……やっぱりあんた、ヒーローめちゃくちゃ向いてるよ」
名前「え?そうかな?」
彼女の裏表のない綺麗な瞳と笑顔は、きっとこれからもたくさんの人を救っていくのだろう。
そんな事を思いながら、耳郎はトントンと名前のリストを叩いた。
耳郎「それで、どうするの?職場体験」
名前「うーん、ちょっと迷ってるんだよねぇ」
再びリストに目を戻し、うーんと名前は考え込んだ。
するとそんな名前の周りには、学食から戻ってきたらしい芦戸や葉隠も集まってくる。
芦戸「ねえねえ、風花の見せて!」
名前「うん、いいよー」
葉隠「わっ、凄い量……!目を通すだけでも大変だね」
芦戸「てかエンデヴァー事務所から来てる!!すごっ!!」
葉隠や芦戸の言葉に、名前は少し困ったように笑った。
名前「一応全部目は通したんだけどさ、」
耳郎「早っ」
名前「ざっとね、ざっと。私さ、災害救助の方に興味あるのね」
葉隠「えっ、そうなの!?近接戦闘とかあんなに強いのに!?」
名前「まあ、武術は習ってるからちょっと得意なの。だけどメインでやりたいのは災害救助なんだ」
芦戸「へえ、そうなんだ。だけどこのリスト見た感じ、災害救助よりは武闘派っていうか、そういうのが売りの事務所が多くない?」
そうなんだよねえ、と言いながら名前はぐでっと机に突っ伏した。
普段はシャキッと背筋が伸びている彼女にしては、なかなか珍しい行動である。
名前「13号先生かお母さんの所がよかったんだけど、どっちも無かった……残念」
八百万「あら、風花さんのお母様はヒーローをやっていらっしゃるのですか!?」
芦戸「えっ、マジ!?誰!?」
名前「ん?『風使い シキ』って言うんだけど、知ってる?」
名前の言葉に、彼女の周りに集まった女子達からは「えーっ!!?」と声が上がった。
そんな彼女らの周りに「マジかよ!?」と言いながら集まってきたのは、近くで話を聞いていたらしい切島と瀬呂と上鳴である。
瀬呂「おまっ、あのシキさんの娘なのかよ!!?」
上鳴「シキってあのめちゃくちゃ美人ですっげえ優しそうな人だよな!?んでもってオールマイトにも認められた武闘派の!!」
名前「あれ、言ってなかったっけか」
切島「聞いてねえ!マジかよ、知らなかった!!」
話題は名前の母の事で完全に持ち切りだ。
名前の母である『風使い シキ』は災害救助をメインに活動しているヒーローである。
しかし武術にも長けており、その実力はオールマイトが太鼓判を押すほどのものであるため、要請を受ければ敵捕獲活動も行う。
その活動範囲は広く、全国を飛び回っている。
そして何より、シキはこのヒーロー社会において美人の代名詞となるほど容姿端麗なヒーローなのだ。
耳郎「そう言われてみれば……あんたの目、シキさんにそっくりじゃん」
名前「あ、それよく言われる!目の色同じだねって」
葉隠「すご!美女の遺伝子すご!!」
上鳴「あんな美女に家で会えるとか、マジで眼福でしかねえなお前……!」
名前「あはは、そうかなー……」
実はほとんど会えないの、とは言わなかった名前。
その場の楽しげな空気を壊したくなかったのである。
そこで予鈴が鳴り、自然と会話は中断されて皆は席に戻ったのであった……。
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