第二章 体育祭〜職場体験 | ナノ


3


爆豪「っ!」

名前「……まだ、だ……まだ、戦える……!!」



ゼェゼェと息を切らしながらも、しっかりと爆豪を見据えている名前。

あの爆撃を食らっても尚、立ち上がれるとは……。
タフネスで有名なのは爆豪だが、名前もなかなかである。



爆豪「っとにてめぇは……潰し甲斐があるな!!」

名前「っ、!!!」



その瞬間、爆豪が両手を爆破させて名前の目の前へと瞬時に移動した。

腹部に爆破を食らわせ、名前がよろけたのを逃さずに彼女の両腕を掴む。

そのまま地面へ押し倒し、名前が動けぬよう、爆豪は彼女の腹に馬乗りになって彼女を押さえつけた。



《おおっとここで爆豪、力技で風花を押し倒したーーーっ!!なんだかアブナイ匂いのする光景だが放送できんのかーーーっ!!?》

《やめろマイク》

名前「っ、おも、い!どいてよっ、」



抜け出そうと必死に藻掻く名前。

しかし両腕も両足も腹も完全に爆豪に押さえつけられており、身動きが取れないようだ。

名前を押さえつける爆豪の表情は、客席からは全く見えない。

そんな中、爆豪は口を開いた。



爆豪「……クソ女、答えろや。ンでてめぇは戦うんだ」

名前「っ、!!」



爆豪の問いかけに、名前は息を飲む。
それは2人が喧嘩をした理由に繋がるもの。

切島と上鳴、そして耳郎も、これが2人のすれ違いを引き起こしたものだと瞬時に気付いた。

喧嘩をしたあの時は聞く耳すら持たなかった爆豪が、名前の胸の内を知ろうとしている。

それに気付いた名前の碧い瞳が微かに揺れた。



名前「……だって、私は、」



掠れた声が聞こえてくる。

その声も、声を発している唇も、微かに震えていた。



名前「私には、守るべきものがあるから……だから戦うんだよ!お母さんと約束したの、お母さんの事を信じて待つって……。だからその間は、私が嵐太と風優を守らなきゃ」

爆豪「……」

名前「お父さんはもう、いないから。お母さんも、次にいつ会えるかわからない。だから……私が、あの子たちを守らなきゃ。大丈夫だって、私が笑わないきゃ。あの子たちを不安にさせたくないの、あの子たちの心の拠り所にならなきゃいけないの!強くあらなきゃいけないんだよ、私は!!」



それは初めて聞く、名前の悲痛な叫び。
まるでそれは、悲鳴のようにも聞こえた。


──── "大丈夫!!"

あの少女が口癖のようにそう言って、辛い時でも笑顔を貼り付ける理由。
それは自分で自分に無意識にかけていた、プレッシャーによるものだったのだ。

これが名前を苦しめていたものか、と轟は僅かに眉を顰めた。

今のままではきっと、そう遠くないうちに名前が壊れてしまう。

笑顔の裏に隠されていた名前の本心を聞いた切島や上鳴、耳郎は、祈るような思いで爆豪を見つめていた。



爆豪「……だったら、」



それまで黙って名前の叫びを聞いていた爆豪。

名前を押さえつける手に力が入ったのが目に見えてわかった。



爆豪「だったら一人で抱え込むんじゃねえ!!何でもかんでも一人で背負うんじゃねえ!!テメェが背負ってるモン俺にも分けろっつってんのがわかんねーのか、クソ女!!」

名前「っ、!!?」



ガツン、と。
大きな石で頭を殴りつけられたような、名前にとってはそんな衝撃だった。

戸惑ったように、そして今にも泣き出しそうに顔を歪める名前。

そんな彼女には構わずに、爆豪は言葉を続けた。



爆豪「俺はなぁ!あの時から、何があってもお前を守るって決めてんだよ!!その為に強くなろうとしてんだよ!!」



──── " あの時 "。

それが何を指すのかは緑谷達にはわからない。

しかし名前にはしっかりと伝わっていた。
自分の個性で熊を殺してしまい、自分の個性を恐れるようになったあの日のことだと。



爆豪「なのにテメェは敵にも突っ込んでいくわ、あの技も使うとか抜かすわ……。俺はっ、……俺はもう、お前がぶっ倒れるところなんか見たくねぇんだよ!!」

名前「……かつ、き……」

爆豪「少しくらい俺を頼れや!!何のために俺がいると思ってんだクソ女!!」



それは、爆豪からは聞いたこともないほどのヒステリックな怒声だった。

名前は今までに2回、キャパオーバーのせいで爆豪の目の前でぶっ倒れている。


"「戦うな」"

"「俺の後ろにいろ」"


──── この言葉は、私のために……?
私を守るために、言ってくれていた言葉だったの……?

これが、勝己が私に戦ってほしくない理由だったのか、と名前は瞠目した。

まさか爆豪がそんな思いを抱えていたとは思わず、緑谷達は息を飲んでその光景を見ていた。



すると ────。

ツツ、と光る何かが名前の頬を伝った。

名前の瞳から流れ、静かに頬を伝うそれは。



爆豪「……っ、!!」



爆豪にとっては十数年ぶりに、そして緑谷達にとっては初めて見る、彼女の涙だった。



名前「……私は、ヒーローになる……オールマイトや、お母さんみたいな……みんなを守れるヒーローになりたい。守るべきものを、自分で守りたい。だから、戦いを避けることは、できない……」



だけど、と彼女は言葉を続けた。



名前「……私、勝己がいないと……ちゃんと、笑えないみたい。すごく、苦しいみたい……」



名前が初めて、助けを求めた。

いつも緑谷に手を差し伸べていた名前。
その手は優しく、誰よりも強いと思っていた。

そんな名前が、初めて弱音を吐いた。
苦しいと、打ち明けた。


緑谷が目を見開くのと同時に、名前の手を押さえつけていた爆豪の手が、彼女の涙を拭った。

それは遠くからでもわかるほど、酷く優しい手つきだった。



爆豪「……こんなになるまで溜め込みやがって、バカかよ……昔はビビりで、泣き虫だったくせによォ……」

名前「う、ひっく……かつ、き……頼っても、いい……?苦しいって、助けてって……言ってもいい……?」



その言葉に、爆豪の口角が微かに上がった。



爆豪「ったりめーだクソ女!!わかったらさっさと通常運転に戻りやがれ!!!」



爆豪の勇ましい声が響き渡る。

その瞬間、静まり返っていた会場には溢れんばかりの大歓声と拍手が上がったのだった……。

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