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《no side 》
爆風のぶつかり合いから始まった試合。
ここ二週間ギクシャクしていた2人の因縁の対決にクラスはざわついていたが、試合が始まればその光景に釘付けになっていた。
爆破により、黒い煙幕に包まれたフィールド。
煙幕が晴れた頃には、既に激しい肉弾戦が始まっていた。
目に入るのは、名前の蹴りを爆豪が腕でガードしている様子だ。
上鳴「あの煙の中でやり合ってたのかよ!?」
瀬呂「やっぱとんでもねーな、アイツら……」
名前が再び蹴りを繰り出そうとするが、近付かせまいと両手を爆破させまくっている爆豪。
名前は個性を使わなくとも武術での近距離攻撃を得意としている。
個性での攻撃も近距離で食らえば相当なダメージを受けるはずだ。
つまり、名前を懐に入らせるわけにはいかないのである。
しかし……。
蛙水「……なんだか爆豪ちゃん、様子がおかしいわ」
耳郎「……確かに。なんか、前の試合よりも爆破の威力弱くなってない?」
上鳴「さすがの爆豪も、風花相手じゃ本気でやれねえんじゃねえの?」
先程の切島や麗日との試合と比べると、明らかに爆豪の爆破の威力が弱くなっている。
するとその会話を聞いていた緑谷が、「いや、」と声を上げた。
緑谷「多分、名前ちゃんだよ」
麗日「……え?デク君、どゆこと?」
緑谷「……名前ちゃんは多分……かっちゃんの周りだけ、気温を極端に下げてる。多分かっちゃんの周りの気温は真冬並み……氷点下になってるはずだよ」
麗日「え!?」
上鳴「は!?そんな事できんの!?」
麗日と上鳴が驚いたように声を上げると、緑谷はゴクリと唾を飲みながら頷いた。
緑谷「名前ちゃんはかっちゃんといる時、かっちゃんの周りだけ気温を上げているんだ。かっちゃんの爆発力は汗の量に比例するから……」
麗日「つまり、相性がめちゃくちゃ良いってこと……?」
緑谷「普段はね。だけど名前ちゃんは気温を下げることもできる。かっちゃん、冬はスロースターターなんだ。名前ちゃんならきっとそこを突くはずだよ」
皆の視線が緑谷からフィールドの2人へと移る。
そこにはイライラしている様子の爆豪が。
爆豪「っの、クソ女!!寒ぃんだよアホ!!」
名前「弱点は突くに決まってる、でしょーが!!」
ドガッと音がして名前の鋭い蹴りが炸裂するが、やはり爆豪はそれをガードしてしまう。
名前は体を反転させて再び蹴りを仕掛けるが全て避けられてしまい、さらにはカウンターで爆撃される。
間一髪で飛び退いて直撃は防いだものの、爆破による爆風で名前の体は吹っ飛んだ。
尻もちをついた名前だがすぐに立ち上がり、爆豪へと突進していく。
風を纏ってるらしく、その動きはとてつもなく速い。
しかし爆豪の反応の速さも折り紙付きだ。
名前の素早い動きにも反応し、大振りした右手を爆破させる。
名前も負けちゃいない。
爆豪の右手を掴むと上に向けさせ、爆破の直撃をまたもや防いでみせた。
爆豪の手を掴んだことで、完全に名前が爆豪の懐に入り込んだように見えた。
そのまま名前は爆豪の腕を引っ張り、背負い投げの体勢を取る。
そしてそのまま爆豪が投げ飛ばされる……かと思いきや。
爆豪「させるかよ!!!」
ゴ ツ ッ!!
名前「っぎゃーーーーっ!!?」
爆豪が突然身を逸らしたかと思うと、勢いよく名前の額に頭突きをお見舞いした。
瞬時に距離を取る2人。
しかしどちらも額は赤くなっており、おまけに涙目である。
名前「痛い〜〜〜っ!!頭割れる、てか割れたわ絶対!!何すんのよ!!!」
爆豪「うっせ、こっちだって痛えんだよ!!」
額を押さえてぴょんぴょんと飛び跳ねる名前に、額を擦りながら名前を睨みつける爆豪。
《何やってんのお前ら?》というプレゼントマイクの実況が入った。
名前「最っ悪、絶対タンコブできた!もうお嫁に行けない!!」
爆豪「ハッ、てめぇなんざタンコブ無くたって誰も貰わねえよ!!」
名前「さ、最低!!最低だ勝己!!ばーかばーか、死んじゃえ!」
爆豪「ハッ、ボキャ貧が!!そんなカスい口しか叩けねえのかよ、幼稚園児か!!」
名前「私はあんたみたいに汚い言葉使わないから!一緒にしないでくれる!?」
《な、なんか喧嘩してね!?喧嘩してんぞイレイザー!!》
《俺に振るな》
ギャーギャーと言い争う声はそこそこ大きく、会場内に丸聞こえである。
突如始まった悪口合戦に会場内は唖然としていた。
その光景はもはや、幼子の喧嘩である。
名前「っこの……吹っ飛ばしてやる!!」
爆豪「やれるもんならやってみろやァ!!!」
爆豪の方は明らかに名前を挑発している。
しかし名前はそれにすっかり飲まれてしまっていた。
蛙水「……名前ちゃん、なんだか余裕無さげね」
耳郎「うん……。爆豪の挑発とか、いつもの名前なら軽く受け流すのに……どうしたんだろ」
明らかに、青山戦や常闇戦の時よりも名前の余裕がない。
それは試合開始の直後から皆が薄々と感じ取っていたことだった。
名前はいつも明るく無邪気だが、どこか冷静さを感じさせる部分があった。
その冷静さは先程の試合や以前の戦闘訓練の際にも発揮されており、瞬時に作戦を思い付いたり敵の弱点を見抜いたりする能力に名前は長けている。
しかし、今は違う。
冷静さを忘れ、無我夢中で巨大な竜巻を瞬時に生成した名前。
それを見た緑谷は、思わず立ち上がって叫んでいた。
緑谷「っ、名前ちゃん、駄目だ!!!」
爆豪「待ってたぜ、テメェが竜巻作るのをなァ!!!」
名前「っ、!!?」
──── ドォォォォンッ……!!!
響いた音は名前の竜巻の音ではなく、爆豪の爆破の音。
竜巻は消え去り、名前の体は簡単に吹っ飛ばされた。
運良く場外には出なかったが、名前の体はフィールドに投げ出され、強く打ちつけられる。
観客に見えたのはそこまでであり、その後は黒い煙幕がフィールドを包み込み、名前の体は完全に見えなくなった。
爆豪は右腕を押さえながらも、不敵な笑みを浮かべて煙幕を見つめていた。
爆豪「……テメェは竜巻作る時に隙ができんだよ。竜巻生成と気温変化は同時にできねえんだろ?」
どうやら爆豪は名前が竜巻を作る瞬間……気温変化が解ける瞬間をずっと狙っていたらしい。
名前を襲った爆破は麗日戦で見せた爆破と同じくらいの、規模の大きなものだった。
こんなものをまともに食らっては、恐らく気絶しているだろう。
……すると、「ケホッケホッ」と小さく咳き込む声が聞こえてくる。
そして徐々に煙幕が晴れて……緑谷達は、その光景に息を飲んだ。
──── 煙の中から現れたのは、ボロボロになった体で立っている名前だったのである。
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