2
──── 事の発端は、半刻ほど前に遡る。
名前「左之さあああああんっ!!!」
久々に新八や平助と非番が重なったため3人で飲む準備をしていると、涙で顔をぐしゃぐしゃにした名前が俺のところへ飛んできた。
原田「おいおい、どうしたんだ?」
永倉「名前ちゃん、泣いてんのか!?」
藤堂「大丈夫か!?何かあったのかよ!?」
市松人形事件の時のように、俺の腹に抱きついてビービーと泣く名前。
普段は土方さんの雷を食らっても、稽古や勉強で斎藤にボコボコにされても泣かない名前が泣いているとなると、只事ではないのだろう。
名前「左之さん左之さん左之さん左之さんあああああああ!!!!」
原田「名前、一旦落ち着けって。何があった?」
名前「ひっく……ふえええっ……ひっく……」
これでもかというほど取り乱している名前。
背中をぽんぽんと叩いてやれば、徐々にその発作は治まってきたようだ。
頭を撫でてやれば、名前はキュウッとさらに抱きついてきた。
そんな姿が愛おしくて思わず押し倒しそうになるが、新八と平助もいる手前、何とか堪える。
……と、その時。
ピカッと空が光って、一瞬周りが閃光に包まれた。
そしてすぐに、「ゴロゴロゴロ……」という大きな音が聞こえてくる。
その音に反応するかのように、びくりと体を大きく震わせる名前。
……まさか。
原田「……お前、雷が怖いのか」
俺の問いかけに、名前はブンブンと首を縦に振った。
永倉「なんだ、名前ちゃんは雷が苦手なのか!?」
藤堂「へえ、なんか意外だな。土方さんの雷は全然効いてねえのに」
原田「……此奴も女なんだ、怖いものの一つや二つあるだろ」
俺が座れば、俺の首に抱きついてくる名前。
片腕で難なく受け止めて抱きしめるが……正直、今すぐにでも押し倒したい。
名前「だって、だって……小さい頃に木に雷が落ちたの見ちゃったんだもん!!煙上がってたもん焦げてたもん!!」
藤堂「ああ……確かにそれは怖いな……」
再び閃光が走る空。
今度は先程よりも早く「ゴロゴロ……」という音が聞こえた。
せっかく落ち着いてきたというのに名前の体は震え上がり、再びビービーと泣き出す。
そんな名前の様子を見ていた新八が、「よし!」と何かを思いついたように声を上げた。
……嫌な予感がするんだが。
永倉「名前ちゃん!そんな時は酒だ!」
名前「お酒……?」
原田「おい待て、やめとけ新八!」
永倉「酔っ払っちまえば恐怖心なんてどっか行っちまうだろ!?」
名前「そっか……そうかも!!」
藤堂「新八っつぁん、さすがにやめた方がいいってそれは!名前も!」
俺と平助が止めるのには理由があった。
そもそも普段の名前は俺達に酌をしてばかりで、自分は絶対に飲まない。
だからもし、俺たちがいつも飲んでいるような安酒だったら名前に飲ませただろう。
……しかし、今日俺達が飲もうとしているのは『鬼ころし』という酒。
鬼のように屈強な男でも潰れてしまうという、あの有名な酒だ。
酒を口にしたことがなく、しかも女である名前に、いきなりこの酒を飲ませるというのは気が引けた。
どう考えても初心者に勧める酒じゃねえだろ、こんなの。
しかし新八は「名前ちゃんの為だ!」と意気込んでいて聞く耳を持たないし、名前も名前ですっかり乗り気になってしまっていた。
そして俺達が止めたのにも関わらず、名前は猪口に注がれた酒を一気に飲み干して……。
「美味しい!」と目を輝かせた名前。
永倉「お、なんだよいける口か!?そんじゃ俺も……」
そう言って新八は自分と名前の猪口に酒を注いだ。
そして2人で一気に飲み干す。
藤堂「絶対名前は止めといた方がいいと思うけどなー……」
永倉「まあまあいいから!平助も飲めよ、いい酒なんだからよ!」
藤堂「うぐっ……!?」
ぶつくさ言う平助に無理やり酒を飲ませる新八。
流し込まれた液体により、平助の顔は一気に赤く染まった。
そして流石は『鬼ころし』と言うべきか、すぐに酔いが回ってきたらしく。
どんちゃん騒ぎを始める3人を横目に、いつの間にか四半刻ほどが立ち ────
……というわけで、冒頭に至る。
ちなみに俺も飲んではいるんだが、名前が何かしでかすのではないかと気が気ではなく、正直酔えたもんじゃねえ。
そして何より、名前の酒癖の悪さは想像以上だった。
名前「ファイトーーー!!いっっっぱーーーつ!!!」
原田「叫ぶなって、土方さんに怒られるだろうが!」
名前「ブンブンハローユーチューブ!どうも苗字名前です!」
原田「さっきから誰に自己紹介してんだよお前は」
永倉「よっ!いいぞ名前ちゃん、その意気だ!!!」
名前「みんなーーー!!応援してくれるかなーーー!!?」
永倉・藤堂「「いいともーーー!!!」」
……もう、うるせえの何のって。
そして新八と平助も名前に加担するものだから、想像を絶する煩さだ。
つか何だよ今の掛け声。
何で息ぴったりなんだよ、打ち合わせでもしたのか?
見たところ名前は2杯ほどしか飲んでないようだが……。
たった2杯でこの様子なら、普通の酒もそれほど強くないのだろう。
……そして面倒なことに、酷い絡み酒だ。
先程から俺は、名前の標的にされてしまっていた。
名前「お前はもう死んでいる」
原田「死んでねえよ」
名前「じっちゃんの名にかけて!」
原田「お前のじいさんは知らねえ」
名前「アムロ行きます!」
原田「勝手に行ってろ」
名前「トトロ!あなたトトロっていうのね!!」
原田「人違いだ」
名前「まだまだだね」
原田「おちょくってんのか?」
……まさか、俺が頭を抱える羽目になるとは思わなかった。
こういうのは土方さんの役目だろうが、俺には向いてねえ。
さすがに此奴ら全員の相手をするのは無理だ。
原田「おい名前、部屋に戻るぞ」
名前「やだあああああ!!1人はいやだああああ雷怖いぃぃいぃい!!」
原田「俺も行くからよ」
名前「行く」
原田「切り替え早すぎだろ」
何なんだよ此奴は本当に……。
ここまで手のかかる酔っ払いはなかなかいねえだろうな。
永倉「なんだァ左之!名前ちゃんをお持ち帰りかァ!?」
原田「持ち帰るも何も、此奴は俺のだろうが」
永倉「っかー!羨ましいぜ!!」
藤堂「優しくしてやれよー左之さん」
原田「寝かせてくるだけだっつーの」
面倒くささならこの2人も負けちゃいねえな。
とりあえず、これ以上ここに放置すれば何をしでかすかわからない名前を引きずって、俺は名前の部屋へと向かった……。
<< >>
目次