桜恋録ニ | ナノ


3


──── その後、1時間ほどみんなでワイワイしながらお団子を食べた。

ものすごく美味しいお団子ばかりだったから、巡察でいなかった新八っつぁんや一君、源さんの分のお団子も取っておくことになった。



こはる「今日はほんまにおおきに!助かったわぁ」



帰宅するこはるを屯所の門まで見送りに来た私と左之さん。



名前「ううん、こちらこそありがとう!来てくれて嬉しかった!」

原田「団子も美味かったぜ、ありがとな」

こはる「喜んでもらえてよかったわぁ」



そう言ってこはるはニコッと笑う。
しかし私は、再びその笑顔に違和感を覚えた。

……やっぱり、何か変だ。

今のこはるの笑顔は、なんだか消えてしまいそうなのだ。
瞳の奥で、何かを悲しんでいるように見える。



名前「……ねえ、こはる」

こはる「ん?」

名前「……もしかして、何かあった?」



……その時初めて、こはるの顔から笑顔が消えた。

だけどそれは本当に一瞬のことで、すぐにこはるは笑顔になる。



こはる「……別に、何もあらへんよ?」

名前「……本当に?何か困ってることとかない?」

こはる「……何もあらへん」

名前「……でも……今日、いつもと様子が違ったよ。私、こはるにはいつも元気を貰ってる。だからこはるの元気が無かったら、私は力になりたいの。……だから、一人で抱え込まないで」



この言葉に、こはるが私から目を逸らした。

そして、



こはる「……あんたには敵わんなぁ」



いつになく、弱々しい声。

その顔は、泣き笑いに近い。
この子はこんな表情もするのかと驚いてしまうほどだった。

その痛々しい笑顔に、ズキンと胸が痛む。



こはる「……一月程前にな、甥っ子が生まれてん」

名前「……え?そうだったの!?甥っ子ってことは、宗次郎さんの!?」

こはる「せや」

名前「え!そうだったんだ、おめでとう!」

こはる「おおきに」



……こはるが、私と目を合わせようとしない。

「おめでとう」と言ってからそんな彼女の様子に気づき、なんだか嫌な予感が頭をよぎる。

左之さんも何かを察したのか、黙ってこはるの話に耳を傾けていた。



こはる「……けどな。3日程前にな、死んでしもたんや」

名前「……」



……こはるの表情から、何となく想像はついていた。

江戸時代は現代のように医療が発達していないため、子供が育つのは難しかったという。
命にかかわる病がたくさんあって、それを運良く乗り越えられなければ生きていけないのだ。

この時代では、それほど珍しいことではないはずだが……やはり胸は痛むし、かけるべき言葉がわからない。



こはる「……なかなかやや子ができひんかったみたいでな、そらもう兄様は喜んどったんよ。義姉様もほんまに嬉しそやったなぁ……」



ポツリポツリと、静かに雨が降るように話すこはる。

その表情は、彼女が俯いているせいで見えなかった。



こはる「……2人とも、えらい落ち込んどってな。家の中の空気が沈んでてん。せやからうちが気張らなあかんのや。うちを育ててくれた兄様に、恩返しする機会やさかい」

名前「こはる……」



本当にこの子は、なんて優しいのだろう。

こはるだって、悲しんでいるはずなのに。
泣き言一つ言わないで、宗次郎さんの分も頑張って働いているのだろう。
小さい体で、家族を必死に支えようとしているのだ。

遠い目をするこはるを見ていられなくて、咄嗟に私は彼女を抱きしめた。



こはる「……うちが指出すとなぁ、小さい手で一生懸命うちの指を握ってくれたんや。ほんまに、可愛らしゅうてなぁ……」

名前「……うん」

こはる「……3人で、これから守っていこなって決めたのに……守られへんかった……」




私の腕の中で、声も立てずにすすり泣くこはる。

普段の明るく元気なこはるとは対照的に、泣く姿はとても静かだった。

そんな姿に、私は胸が張り裂けるような悲しみに襲われる。










こはる「……堪忍な、着物濡らしてしもて」



暫くして私から離れたこはるの声は、いつもの声に戻っていた。



名前「……ううん。ありがとう、話してくれて」

こはる「お礼を言うのはうちの方や。あんた凄いなぁ。話したらえらい楽になったわ、ほんまにおおきに」



目元を拭ってから、涙の跡が残る顔でふわりと笑ったこはる。

それは、いつもの彼女の笑顔だった。



こはる「……さて!帰ってから気張らな!せっかく皆さんに味見してもらったんやもん、無駄にできひん!皆さんに、いつでも来てくださいて伝えといてな?」

名前「うん、わかった」



この子は、なんて強いんだろう。
きっと家でも、涙を見せない子なんだと思う。

その代わり、1人でいろいろと溜め込んでしまう子なんだと思う。
だから私が、この子の避難場所になってあげないと。



名前「……お店忙しいだろうけど、いつでも来てね。私は絶対屯所にいるから」

こはる「おおきに!ほな、遠慮なく来させてもらうで!」



いたずらっ子のような、年齢相応の笑顔を浮かべるこはる。

そして私たちに丁寧に頭を下げると、元気な足取りで帰って行った。



原田「……よく気づいたな、お前」



私たちの様子をずっと見守ってくれていた左之さん。

こはるの姿が見えなくなってから、彼は口を開いた。



名前「……うん。なんかおかしいなってずっと思ってたの」



きっとこの数日の間、涙を飲んで必死に働いていたはず。

……私が、もっと早く気づいてあげられていたら。



原田「……お前はよくやったよ。嬢ちゃんも、救われたと思うぜ」



私の心を見透かしたような言葉。

驚いて、私は彼の顔を見る。



名前「……そう、かな」

原田「ああ。きっと嬢ちゃんは、無意識のうちに助けを求めてお前の所に来たんだと思うぜ。お前は、よくやったよ」



大きい手が、優しく私の頭を撫でてくれた。

……少しは、こはるの役に立てたのかな。

やるせない気持ちが、どんどん薄れていく。
そしてなんだか急に彼が愛おしくなって、私は無我夢中で無敵の腹筋に抱きついたのだった………。











(名前!来たで!)

(まさかの2日連続!?)

(いつでも来い言うたやんかー)

(言ったけども!可愛いかよ!!)

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