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──── その後、1時間ほどみんなでワイワイしながらお団子を食べた。
ものすごく美味しいお団子ばかりだったから、巡察でいなかった新八っつぁんや一君、源さんの分のお団子も取っておくことになった。
こはる「今日はほんまにおおきに!助かったわぁ」
帰宅するこはるを屯所の門まで見送りに来た私と左之さん。
名前「ううん、こちらこそありがとう!来てくれて嬉しかった!」
原田「団子も美味かったぜ、ありがとな」
こはる「喜んでもらえてよかったわぁ」
そう言ってこはるはニコッと笑う。
しかし私は、再びその笑顔に違和感を覚えた。
……やっぱり、何か変だ。
今のこはるの笑顔は、なんだか消えてしまいそうなのだ。
瞳の奥で、何かを悲しんでいるように見える。
名前「……ねえ、こはる」
こはる「ん?」
名前「……もしかして、何かあった?」
……その時初めて、こはるの顔から笑顔が消えた。
だけどそれは本当に一瞬のことで、すぐにこはるは笑顔になる。
こはる「……別に、何もあらへんよ?」
名前「……本当に?何か困ってることとかない?」
こはる「……何もあらへん」
名前「……でも……今日、いつもと様子が違ったよ。私、こはるにはいつも元気を貰ってる。だからこはるの元気が無かったら、私は力になりたいの。……だから、一人で抱え込まないで」
この言葉に、こはるが私から目を逸らした。
そして、
こはる「……あんたには敵わんなぁ」
いつになく、弱々しい声。
その顔は、泣き笑いに近い。
この子はこんな表情もするのかと驚いてしまうほどだった。
その痛々しい笑顔に、ズキンと胸が痛む。
こはる「……一月程前にな、甥っ子が生まれてん」
名前「……え?そうだったの!?甥っ子ってことは、宗次郎さんの!?」
こはる「せや」
名前「え!そうだったんだ、おめでとう!」
こはる「おおきに」
……こはるが、私と目を合わせようとしない。
「おめでとう」と言ってからそんな彼女の様子に気づき、なんだか嫌な予感が頭をよぎる。
左之さんも何かを察したのか、黙ってこはるの話に耳を傾けていた。
こはる「……けどな。3日程前にな、死んでしもたんや」
名前「……」
……こはるの表情から、何となく想像はついていた。
江戸時代は現代のように医療が発達していないため、子供が育つのは難しかったという。
命にかかわる病がたくさんあって、それを運良く乗り越えられなければ生きていけないのだ。
この時代では、それほど珍しいことではないはずだが……やはり胸は痛むし、かけるべき言葉がわからない。
こはる「……なかなかやや子ができひんかったみたいでな、そらもう兄様は喜んどったんよ。義姉様もほんまに嬉しそやったなぁ……」
ポツリポツリと、静かに雨が降るように話すこはる。
その表情は、彼女が俯いているせいで見えなかった。
こはる「……2人とも、えらい落ち込んどってな。家の中の空気が沈んでてん。せやからうちが気張らなあかんのや。うちを育ててくれた兄様に、恩返しする機会やさかい」
名前「こはる……」
本当にこの子は、なんて優しいのだろう。
こはるだって、悲しんでいるはずなのに。
泣き言一つ言わないで、宗次郎さんの分も頑張って働いているのだろう。
小さい体で、家族を必死に支えようとしているのだ。
遠い目をするこはるを見ていられなくて、咄嗟に私は彼女を抱きしめた。
こはる「……うちが指出すとなぁ、小さい手で一生懸命うちの指を握ってくれたんや。ほんまに、可愛らしゅうてなぁ……」
名前「……うん」
こはる「……3人で、これから守っていこなって決めたのに……守られへんかった……」
私の腕の中で、声も立てずにすすり泣くこはる。
普段の明るく元気なこはるとは対照的に、泣く姿はとても静かだった。
そんな姿に、私は胸が張り裂けるような悲しみに襲われる。
こはる「……堪忍な、着物濡らしてしもて」
暫くして私から離れたこはるの声は、いつもの声に戻っていた。
名前「……ううん。ありがとう、話してくれて」
こはる「お礼を言うのはうちの方や。あんた凄いなぁ。話したらえらい楽になったわ、ほんまにおおきに」
目元を拭ってから、涙の跡が残る顔でふわりと笑ったこはる。
それは、いつもの彼女の笑顔だった。
こはる「……さて!帰ってから気張らな!せっかく皆さんに味見してもらったんやもん、無駄にできひん!皆さんに、いつでも来てくださいて伝えといてな?」
名前「うん、わかった」
この子は、なんて強いんだろう。
きっと家でも、涙を見せない子なんだと思う。
その代わり、1人でいろいろと溜め込んでしまう子なんだと思う。
だから私が、この子の避難場所になってあげないと。
名前「……お店忙しいだろうけど、いつでも来てね。私は絶対屯所にいるから」
こはる「おおきに!ほな、遠慮なく来させてもらうで!」
いたずらっ子のような、年齢相応の笑顔を浮かべるこはる。
そして私たちに丁寧に頭を下げると、元気な足取りで帰って行った。
原田「……よく気づいたな、お前」
私たちの様子をずっと見守ってくれていた左之さん。
こはるの姿が見えなくなってから、彼は口を開いた。
名前「……うん。なんかおかしいなってずっと思ってたの」
きっとこの数日の間、涙を飲んで必死に働いていたはず。
……私が、もっと早く気づいてあげられていたら。
原田「……お前はよくやったよ。嬢ちゃんも、救われたと思うぜ」
私の心を見透かしたような言葉。
驚いて、私は彼の顔を見る。
名前「……そう、かな」
原田「ああ。きっと嬢ちゃんは、無意識のうちに助けを求めてお前の所に来たんだと思うぜ。お前は、よくやったよ」
大きい手が、優しく私の頭を撫でてくれた。
……少しは、こはるの役に立てたのかな。
やるせない気持ちが、どんどん薄れていく。
そしてなんだか急に彼が愛おしくなって、私は無我夢中で無敵の腹筋に抱きついたのだった………。
(名前!来たで!)
(まさかの2日連続!?)
(いつでも来い言うたやんかー)
(言ったけども!可愛いかよ!!)
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