桜恋録ニ | ナノ


3



名前「……貴方とは行けません。心に決めた人がいるので」

風間「雑魚共と共に生涯を終えると?愚かな……。俺と共に来れば、不自由な暮らしはさせぬ。今よりも格段に良い暮らしをさせてやろう」



私の顎を掴むちー様の手に力が入った。

いだだだだ、顎が粉砕する!!
痛みに耐えながら、必死に私は言い返した。



名前「……っ、お金じゃ買えないものがあるの!あの人は、私の生きる意味なの。あの人から離れたら、私は死んだも同然なの!」



噛み付くように言い返せば、ちー様は少し驚いたように目を見開いた。



不知火「ハッ!こりゃ傑作だ、風間にそこまで言ってのける人間のガキがいたとはな!面白えもん見つけたじゃねえか、気に入ったぜ」

名前「えええ!?」

天霧「不知火まで何を言うのです!風間、早く彼女を放してやりなさい」



ぬいぬいもちー様側に行きやがった畜生め!
天霧さんもっと言ってやって!あわよくば助けて!

つーか何気に全員に私が女っていうの見抜かれてるんだけど、なんで!?

……と、思っていた時だった。



藤堂「 ──── 名前!!」

沖田「 そこで何してるの」



聞き慣れた、そして大好きな声が聞こえる。



名前「平助!沖田さんも!」



そこには、先程はぐれた平助と隊服を着た沖田さんの姿が。

2人とも刀を構えている。



風間「……フン。なるほど。貴様、新選組の者か」



やべっ、ばれた。

いろいろと面倒なことになりそうだから、これだけはバレたくなかったのに。



沖田「……何、逢引き?それにしては、彼女が嫌がっているように見えるけど?」

名前「逢引きなわけないでしょ、こっちは刀突きつけられてんの!あと私が好きなのは左之さんだけだもんねー!!」

沖田「僕じゃなくて左之さんに言ってよ、そういうのは」



口では冗談を言うように会話をしているけれど、この場の空気は殺伐している。

まさに一触即発だ。



天霧「……新選組、ここは退いてくれませぬか。我々には、今あなた方と戦わなければならない理由がありません」

藤堂「……理由ならあるぜ。名前の首に傷を付けただろ。そんなことをしてただで済むと思うなよ!」

名前「ちょっ……平助!駄目だって、沖田さんも!戦っちゃ駄目!」



私のために怒ってくれるのは凄く嬉しいけど。

こんな狭い路地で、しかも近くには人が沢山いるのに、騒ぎを起こすわけにはいかない。



天霧「……彼女もこう言っております故。風間の非礼はお詫び致します。……風間、手を放しなさい。行きましょう」

風間「………フン」

不知火「なんだよ、面白そうな玩具見つけたってのに……ま、仕方ねえな」



去っていく天霧さんの後を追うぬいぬい。
漸くちー様も、不機嫌そうに私を放した。

そして私たちに背を向けて歩き始め ────
一瞬立ち止まり、私の方を振り返る。



風間「………苗字名前。面白い、覚えておこう……」



そう言って不敵な笑みを浮かべたちー様。

そして瞬く間に彼らは姿を消したのだった。





彼らが消えてから、私は力が抜けて思わずへたり込んだ。

口ではあんだけ言ってたけど、本当はめちゃくちゃ怖かったんだよ。



藤堂「名前!大丈夫か!?」

沖田「……首見せて」



すぐさま私に駆け寄ってくる2人。

沖田さんは私の首の止血をしてくれる。



沖田「……君って本当、問題を引き起こす天才だよね」

名前「……ごめんなさい」

沖田「なんでこんな事になってたわけ?」



私は、道を聞くために声をかけた人がたまたまちー様であったことを2人に話す。
もちろん、ちー様を知っていたことは伏せて話したけど。

すると、今まで黙っていた平助がポツリと口を開く。



藤堂「……悪ぃ、名前。オレがさっき手を放しちまったから……」

名前「えっ、なんで平助が謝るの」



平助は何も悪くないのに。



名前「……私もごめんね。離れちゃって……」

藤堂「あの人混みじゃ仕方ねえよ、オレがもっと気をつけるべきだったんだ」



平助がいつになくヘこんでいるように見える。

彼のことだし、責任を感じてしまっているんだと思うけど……。
手を放したのは私だし、ちー様に話しかけちゃったのも私なのに。

どんよりと空気が重くなってきた時だった。



沖田「……ちょっと、反省会は後にしなよ。お使い頼まれてるんじゃないの?」

名前「あっ、そうだった」

藤堂「……オレ、1人で商家に行ってくるからさ。名前は屯所に戻ってろよ」

名前「えっ、でも……」

藤堂「ちゃんと手当してもらった方がいいって。……総司、巡察終わりだったろ?名前のこと任せてもいいか?」

沖田「仕方ないなあ」

藤堂「ありがとな。……行こうぜ、立てるか?」

名前「う、うん。平気」



大丈夫だと言ったのに、平助は私に手を差し伸べてくれた。

素直に手を借りて立ち上がろうとすれば、ぐいっと簡単に引っ張られてしまう。

……なんか、こういう時に平助も男の子なんだなーって実感する。
身長は大して変わらないのに、重ねた彼の手は私よりも大きくてがっしりとしていた。



名前「……あ、平助。この封……」

藤堂「ああ、ありがと。気をつけて帰れよ?」

名前「うん、沖田さんがいるから大丈夫。平助も気をつけてね」

藤堂「おう!ちゃんと傷の手当しろよ!」



平助はそう言うと、タタタッと足早に駆けて言ってしまった。

……結局平助に任せちゃって、申し訳ないなぁ。

小さくため息をついた時。



沖田「……さて、名前ちゃん」

名前「ん?」

沖田「戻ったら、土方さんの所に行ってね」



真っ黒な笑みを浮かべた沖田さんが私を見ていた。



名前「………報告しなきゃ駄目?」

沖田「当たり前でしょ」

名前「ですよねー……」



迷惑かけたくないから、ちー様と接触してしまった事は話したくなかったんだけどな。

私の内心を察しているのか釘を刺すような沖田さんの言い方に、私はもう一度溜息をつく。

まあ、平助と沖田さんに助けてもらった時点で、何も無かったことにするなんて出来るはずがないんだけどさ……。


そして沖田さんに引きずられるようにして、屯所に戻ったのだった。

……お祭り、もっとちゃんと見たかったなあ。

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