桜恋録ニ | ナノ


2



名前「…………なんでこうなるんじゃあああああ!!!」



大きな声で叫んでも、私の声は周りの歓声に掻き消されてしまう。

そんな私の隣に、平助の姿はない。


──── 実は先程、平助が言っていたように鮨詰め状態になっている所があり、そこを通らざるを得なくなった。
心の中で左之さんにごめんなさいをして、平助と手を繋いで通ろうとしたのだけど。

鮨詰め状態になっていたそこそこ体格のいい男達に押されまくって、つい平助の手を離してしまったのである。

私も平助も身長は同じくらいで、それは町の人達も同じ。
そのため平助をあっという間に見失ってしまったのだった。

……とりあえず、私は何とかしてその人混みから抜け出した (正しくは『押し出された』)。
あー、疲れた!



名前「……さて、と」



平助を探しに行きたいところだが更に迷子になる自信しかないし、すれ違いになってしまう可能性もある。

というわけで、もし迷子になった時の集合場所を念の為決めておいた私達。
これはね、我ながらめちゃくちゃ頭良い発想だと思ったわ。

お使いも終わっていないのに屯所まで戻るのは面倒……ということで、こはるが働くお店『小桜団子』を目印にすることにした。
平助も何度か行ったことがあるようだったし、何より町中で私が知っている場所と言ったらそこしかなかったのだ。

……というわけで、これから『小桜団子』に向かわなければならない。
これは町の人に聞けばわかるだろう。



名前「……あの、すみません!『小桜団子』って、」



私の近くを通り過ぎた人に声をかけて ────
私は思わず声を切った。

……うそ、でしょ。



風間「………なんだ?貴様は」

名前「──── っ!?こっ……」



"婚活鬼!!!" と叫びかけて慌てて口を閉じた。

この世界に来てすぐ一君に会った時や千姫と会った時は、口を滑らせて彼らの名前を言ってしまっていた私。

「二度あることは三度ある」ではなく「三度目の正直」にできたことは成長だと思う。


……目の前にいる人を、見間違えるはずがない。
その人は紛れもなく、ちー様だった!!!!


なんでこんな所を1人で歩いてんだよ!!?
そんでもって、たまたまここを歩いてたちー様にたまたま声を掛けちゃうとかどんだけだよ私!!!

……というかやばい、何か悟られてはまずい。
今逃げたら不自然すぎるし、なんとかやり過ごすしかない。

平静を装わなければ。



名前「……こっ、小桜団子に行きたいんですけど、どっちに行けばいいですかねえ!?」



全身から冷や汗が吹き出しながらも、私は懸命に笑顔を作った。

ちー様は私の言葉に眉を寄せる。



風間「……小桜団子?なんだ、それは」



ひいいいい、怖い怖い怖い!!!

そんなに睨まないでください!!!



名前「あっ、えっと……ご、ご存知ないですかねっ!?いやーすみません、ちょっと道に迷っちゃいまして!あはは、ご迷惑おかけしてすみません、ありがとうございました失礼しまーす!!」



よし乗り切った!!!!逃げろおおおおおおおおおおおお!!!
全力疾走ランナウェイィィィ!!!

くるりと踵を返して慌てて走り出す私。


──── しかし。



風間「 ──── 待て」

名前「っ!!?」



突然ガシッと腕を掴まれる。

そしてそのまま物凄い力で細い路地に引っ張って行かれたかと思うと、ダンッと勢いよく壁に押さえつけられた。



名前「痛っ……!」

風間「……貴様、俺の質問に答えろ。さもなくば、」



チャキ……と音がして、私の首に冷たい刃物が宛てがわれた。

目と鼻の先でキラリと光る白刃に、思わず息を飲む。



風間「……貴様、名を何という?」

名前「………拙者、五右衛門と申す」

風間「…………」

名前「痛い痛いごめんなさい嘘です苗字名前ですいたたたたた」



グイッと更に刃が首に食い込んできたため、慌てて私は名前を名乗った。



風間「……貴様、次に空言を抜かせばその首を落とすぞ」

名前「わかりましたわかりました、嘘つかないのでそんな物騒なこと言わないで!」



フンッというお馴染みの台詞(?)を言うちー様。

怖すぎる!!物騒すぎるよこの人!!
ちょっと冗談言っただけじゃん、苗字ジョークってやつだよ!!

……するとちー様は、冷たい目で私を見下ろす。
何かを探るような目付きに、どきりと心臓が跳ねた。



風間「……貴様、何者だ?人間か?」

名前「……え、人間に見えませんか?妖怪に見えます?」

風間「……貴様からは、人間共とは違う匂いを感じる」

名前「えっ、マジすか」



マジか、もしかして変な匂いするのか私!?

すんすんと自分の匂いを嗅いでみるけど、無臭だ。
自分の匂いって全然わからないよね。



風間「……まさか、鬼ではあるまい」

名前「違いますよ、人間ですって。さっき嘘つかないって約束したんだから本当ですよ!」



私は必死に自分がただの人間であることを主張する。

……もしかしたら、異世界から来た私の異質さみたいなものを、この人は感覚的に感じ取っているのかもしれない。
なんっつー恐ろしい人!勘が鋭すぎるだろ!!

ギロリと鋭い目で睨まれ、ひぃっと悲鳴を上げると……。



天霧「 ──── 風間、何をしているのです」

不知火「なんだァ?女鬼が靡かねえからって人間のガキに乗り換えるってのか?」



聞き覚えのある声。

おにぎり……じゃなくて天霧さんと、ぬいぬいこと不知火さんだ。

ひいい、鬼が3人も!!!
死ぬって、これマジで死ぬってさすがに!!!



風間「……フン。貴様らは感じぬのか?この者の異質さを」

不知火「異質だァ?俺にはただの人間の小娘にしか見えねえな」

天霧「……私も不知火に同感です。人間に関わっている場合ではありません。早く参りましょう」

風間「……待て」

名前「………っ」



立ち去ろうとする天霧さんとぬいぬいを呼び止めるちー様。
それと同時に、私はガシッと顎を掴まれる。

ちょ、乙女の顎を掴むってあんた!!



風間「……貴様に興が湧いた。俺と共に来い、側室にしてやろう」

天霧「風間、何を言っているのです!」

不知火「人間のガキを側室だァ?いかれちまったのかよ」



そ、側室て……。
冗談じゃないよ、この婚活鬼が!!!

ギラギラと光るちー様の目を、私はキッと睨みつける。

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