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──── その晩の事。
原田「 ──── 名前、いいか?」
名前「はーい」
布団を敷いて寝る支度をしていると、障子戸の向こうから声をかけられる。
返事をすれば、スッと静かに障子戸が開いた。
原田「……お、悪いな。寝るところだったか」
名前「ううん、大丈夫!それよりどうしたの?お酌すればいい?」
原田「……ああ、いや。今日は違うんだ」
名前「そうなの?」
左之さんがこの時間帯にやって来たのにお酒を飲まないのは珍しい気がする。
最近は平助や新八っつぁんと非番の日が被らないらしく、私と飲むことが多くなっているんだけど……。
名前「……あの、何かあった?」
どっかりと私の隣に座ったまま、何も言わない左之さん。
いつになく気難しい顔……というか、緊張したような顔をしている気がする。
私が声をかければ、左之さんは困ったような顔になった。
原田「……あー……いや、その……まあ、なんだ……」
名前「……?」
頭を掻く左之さんは私の目を見ようとしない。
……え、まって。これってもしかしてフラグ立ってる?
別れてくれって言われる感じ?
……え、やだ。
そんなのやだ……!!
私の瞳にはじわりと涙が浮かぶ。
原田「……おいおい、どうした!?泣いてんのか?」
名前「……や、やだ……わ、私……離れたくないっ……」
ボロボロと涙が零れる。
左之さんの胸に縋りつけば、彼は困惑したような表情になった。
原田「……ちょ、ちょっと待て。何の話だ?離れたくねえって……」
名前「……え?別れ話じゃないの?」
原田「そんなわけねえだろ。俺がお前を離すわけねえだろうが」
( ゚∀゚):∵グハッ……
予想外の角度から飛んできたクリティカルヒットに、涙が引っ込んで鼻血が出そうになった。
と、とりあえず別れ話じゃないならよかった……。
でも、だったら尚更何だろう?
すると、左之さんはポリポリと頬を掻いた。
……この仕草は、もしかして照れてる?
原田「……ちと締まりが無くなっちまったが……その、これを受け取ってくれねえか」
そう言って左之さんは、懐から小さな木箱を取り出した。
私はそれを素直に受け取る。
そっと木箱の蓋を開けると、そこには……。
名前「えっ……!?」
驚きで思わず言葉を失った。
中に入っていたのは櫛だった。
それも、ただの櫛ではない。
名前「……これ、どうして……」
──── 桜の花びらが施された、 黒い漆塗りの美しい櫛。
それは以前、左之さんと2人で小間物屋へ行った時、私が見入ってしまっていた櫛だった。
だけどこれは、自分が男装しているからとすぐ諦めたもので。
欲しいなんて、口に出してはいないはずなのに。
原田「……わかるに決まってるだろ?ずっと、お前のことを見てたんだからよ」
私の考えていることを見透かしたように左之さんがそう言った。
うわあああ……
それはちょっと、反則すぎませんか……!?
いい男すぎて鼻血不可避だ。
名前「ありがとう、凄く嬉しい……!私、一生大切にする!」
櫛に傷を付けないようにそっと取り出す。
どうしよう、嬉しすぎる……。
こはるから紅を貰っただけでも凄く嬉しいのに、まさか左之さんからもこんなに素敵な物を貰えるなんて、嬉しさ倍増飛び上がりそうだ。
手の中にある櫛を、大事に抱きしめた時だった。
原田「……なあ、名前」
名前「うん?」
原田「……男が女に櫛を贈る意味、知ってるか?」
名前「え……?」
男が女に櫛を贈る意味……?
わからなかったので素直に首を横に振る。
すると、そっと腰に手を回されて抱き寄せられた。
名前「……え、あの……左之さん……?」
左之さんとの距離が一気に近づいた。
そのまま左之さんは、私の額に口付けを落とす。
恥ずかしくて目を逸らしたいのに……逸らせない。
原田「……櫛の『く』は『苦』、『し』には『死』が掛けられていてな」
名前「うん……?」
原田「つまり櫛を贈るっつーのは……『これから苦労もあるだろうが、共に死ぬまで寄り添いながら生きていこう』っつー意味があるんだ」
名前「うん。………ん?」
ちょ、ちょっと待って。
それって、つまり……?
原田「……名前」
名前「は、はい……」
心臓がバクバク鳴っていて、左之さんにも聞こえていそうだ。
櫛を握る私の手が、左之さんの大きな手に包み込まれる。
原田「俺は、お前と生涯を共にしてえと思ってる。だから、戦が終わったら……俺の、嫁さんになってくれねえか」
名前「 ──── っ!!」
うわあああああああ!!!!!
え!?え!?え!?
ぷ、ぷ、プロポーズされた!!プロポーズ!!された!!!
こんな素敵な人に!!外見も中身もイケメンで完璧人間な左之さんに!!
名前「……え、え……わ、私で、いいんでしょうか……」
原田「なんで敬語になってんだ。……お前がいいんだよ、名前」
名前「っ、うわああああ左之さああああん!!!」
逞しい腕に抱きしめられ、引っ込んだはずだった涙が滝のように溢れ出した。
だって……
だって、こんなことある?
名前「ふえええええ左之さん好きいいいいいいいいい」
原田「……最近お前を泣かせてばかりだな、俺は」
名前「全部嬉し泣きだもんんんんんんん」
どうしよう、今なら嬉しすぎて死ねる……!!
頭をよしよしと撫でられて ────
突然、視界が反転した。
名前「…………ん?」
私の頭の横につかれた手。
視界には左之さんと天井。
あれ、何かデジャヴ……。
名前「……さ、左之さーん?」
あ、あれ?
左之さんの目が、ギラギラしてる……。
嫌な予感がして、涙が引っ込んだ。
原田「……っつーわけだ。今日は婚約祝いってことでよ……いいだろ?」
名前「え、ちょ、まって………うわああ!?」
──── 私にとって、忘れられない大切な日となったその夜。
枕元には、紅と櫛という2つの贈り物。
灯篭がぼんやりと、私達の重なる影を照らしていた……。
(こ、腰痛い……起きれない……)
(……すまねえ)
(第3ラウンドまでやる奴があるか!!)
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