桜恋録ニ | ナノ


5


──── 柔らかな日差しが差し込んで、私はゆっくりと目を開けた。


そして目の前にある鍛え上げられた肉体に気づき、一気に目が覚める。

隣には、綺麗な顔で眠る左之さんが。

ああ、そうか。
私昨日、左之さんと………。

思い出せば、途端に顔が火照る。


……いつの間に寝てしまったのだろうか。

そこでふと、体の違和感に気づく。
どうやら何も身に纏わず、布団を被って寝てしまっていたらしい。

左之さんが起きる前に着替えよう、と布団から体を出して ────
なんだ、これは。

思わず私は自分の体を凝視した。
私の体には、無数の赤い跡が残っていたのだ。

……これ、キスマークってやつだよね?
いやでもこれは……流石に多すぎない?


ほとんどは着物で隠れるだろうけど……。
首とかにも残っていたらどうしよう、流石に首元は隠せない。



原田「 ──── おはようさん」

名前「ひいぃっ!?」



突然聞こえてきた声に驚き、私は情けない悲鳴を上げた。

声のした方を見れば、左之さんが優しげな眼差しでこちらを見ていた。



名前「……お、おはよう」



そう言ってから、自分が裸であることを思い出す。

うわっと女らしくもない声を上げて、私は慌てて布団の中に潜り込んだ。



原田「……おいおい、別に今更隠さなくてもいいだろ。やる事やったんだからよ」

名前「やめて、その言い方」



ムスッと顔をしかめれば、大きな手がいつものように私の頭を撫でてくる。



名前「……それよりも左之さん、ちょっと聞きたいんですが」

原田「ん?なんだ?」

名前「……これは一体何でしょうか」



私は、自分の右腕を見せる。

右腕だけでも、無数の赤い花が咲いていた。



原田「……何って、俺のものだっていう印だろ」

名前「いやあの、そうじゃなくて。……付けすぎ」

原田「そうか?」

名前「右腕だけでこれだよ」



左之さんが目をぱちくりさせた。

そして次の瞬間、何を思ったのか左之さんが勢いよく布団を取り払った。



名前「ぎゃーーーーーっ!!?」



突然露わになった私の体。

朝っぱらから大きな悲鳴を上げて、私は慌てて腕で体を隠す。
何するの!!という私の抗議の声は耳に入っていないようで、彼は私の体を凝視していた。



原田「……あー……すまねえ」



私の体の無数の赤い跡を見た左之さんは、罰が悪そうに謝った。



原田「……そんなに付けたつもりはなかったんだが」

名前「いやあの、付いてます」

原田「……見たところ首には付いてねえし、バレねえだろ」



ああ、首には付いてないのか。

それならよかったけど……。



名前「どうしてくれるのさ!?こんなんじゃ、千鶴とお風呂に入れないじゃん!!」

原田「いやそこなのかよ……」



呆れたように苦笑いする左之さん。

いやいや、私にとっては大問題ですから!!

どうしよう、これから千鶴に何て断ろうか……。
あんな純粋な千鶴にこんな姿を見せるわけにはいかない!!(使命感)

2、3日あれば消えるのかなぁ……。

そんな事を思いながらゴシゴシと腕の赤い部分を擦っていると。
逞しい腕が私の体を引き寄せた。



原田「……なあ、名前」

名前「やだ」

原田「……まだ何も言ってねえだろ」



言ってないけど言ってるようなもんだろその声!!

左之さんが低い声で私の名前を呼ぶ時は、私を誘っている時だ。



名前「朝だっつーの」

原田「朝じゃ駄目なのか?」

名前「駄目に決まってるでしょ」



馬鹿なの?左之さん実は馬鹿なの?



原田「目の前にお前の体があるのに見逃せって言う方がおかしいだろ」

名前「変態がっ!変態がここにいるっ!襲われるーーーっ!!」

原田「うるせぇ叫ぶな……」



耳元で叫べば、顔を顰める左之さん。

着替えるからこっち見ないでね、と言って布団から出ようとした時だった。



千鶴「名前!おはよう!起きてる?」



襖の外から聞こえてきた声に、私達は同時に凍りついた。



名前「ちっ……千鶴!?」



余りにも焦ったせいで思い切り声が裏返る。



千鶴「あ、起きてた!そろそろ朝餉だって。入ってもいい?」

名前「だ、駄目っ!!!」



どどど、どうしようっ!!?

この光景見られたら確実に終わる!!!



名前「いっ……今ちょっと着替えてるの!!」

千鶴「あ、そっかごめんね!じゃあ先に行っててもいい?」

名前「う、うん!私もすぐ行くから!」

千鶴「わかった。じゃあまた後でね!」

名前「うん!ごめんね!」



徐々に遠ざかっていく足音。

それが完全に聞こえなくなってから、私たちは大きな溜息をついた。



名前・原田「「……あっぶねえ……」」



同時にそう言ってお互いの顔を見合い、笑い合う。

そして急いで着替えると、朝食が用意された座敷へ向かうのであった……。

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