2
体を支える力は残っておらず、私の体は呆気なく布団の上に倒れた。
私の頭の横に左之さんが手をついて、私の視界には左之さんと天井の木目が映る。
暫くの間、私達はそのまま見つめ合っていた。
原田「……名前」
私を呼ぶ、大好きな声。
だけど、何かを探るような、確かめるような声。
その裏に隠された意図を読み取り、私の体は一瞬にして強ばった。
私の頬に触れてくる手はすごく優しいのに、それだけで私の体はビクッと震えてしまう。
……いつそれが始まるのだろうかと、無意識に私の体は怯えていた。
名前「……左之、さん……?」
発した声は酷く掠れていて、少しだけ震えていたのが自分でもわかった。
……その瞬間私は手首を掴まれて、グイッと体を引き起こされた。
原田「……悪ぃ。明日も早いし、今日はもう寝た方がいいんじゃねえか?」
名前「……え?」
罰が悪そうに頭を掻きながら、左之さんがそう言った。
彼にしては珍しく、私の目を見ようとしない。
彼の言葉に、頭の中がぐちゃぐちゃになった気がした。
薄々、気づいてはいた。
気づいてはいたけれど、気づかない振りをしていた。
……左之さんに、我慢をさせてしまっていることを。
触る手は優しいけど、口付けは激しい。
その意図を、見て見ぬふりをしていた。
……左之さんは徳利と猪口を持って立ち上がった。
原田「……酌、ありがとよ。おやすみ、名前」
ぽんぽんと私の頭を撫でて部屋を出ていこうとする左之さん。
なんだか、その姿が少し悲しげに見えて。
……ここで引き止めなかったら、一生後悔する気がする。
私たちの中の何かが、壊れてしまう気がする。
私は咄嗟に、左之さんの手を掴んだ。
原田「……ん?どうした?」
名前「……あ……いや、えっと……」
優しい表情で私を見下ろす左之さん。
……引き止めたはいいものの、どうすればいいんだろう。
何と、声をかければいいんだろう。
原田「……名前?」
左之さんが私の目線に合わせてしゃがんだ。
彼の真っ直ぐな瞳が私をじっと見ている。
彼の大きな手が、私の頭を撫でてくれる。
こんな状況なのに、とても気持ちいい。
……その手で、もっと。
名前「……続き……して……?」
無意識に、口から零れた言葉。
左之さんの目が、大きく見開かれた。
原田「……お前な、……」
困ったような、それでいて切なげな表情。
……や、やっぱり、女の私からこんなこと言うのは変だったのかな。
はしたないって、いやらしい女って思われたかもしれない。
うわ……き、気まずい……。
名前「……あ……ご、ごめん。やっぱり今のは、」
忘れて、と言いかけた時、強い力で腕を引かれる。
そして、いつの間にか私は左之さんの逞しい腕に抱きしめられていた。
名前「……左之さん……?」
私はその腕の中から彼の顔を見上げる。
……今の彼の瞳は、普段の豪放磊落な彼からは想像もつかないほど揺れているように見えた。
原田「……本当情けねえよな、俺は。まさかお前に、そんな事を言わせちまうとはよ」
私の頬を撫でる左之さんの手が、少しだけ震えていた。
思わず私は、その手に自分の手を重ねる。
原田「……無理は、させたくねえんだ。本当は怖いんだろ?俺から誘っておいて何だが……怯えているお前に、手は出したくねえ」
名前「……私だって、左之さんに無理してほしくない」
大きな手をギュッと握り、私は真っ直ぐに彼を見つめた。
しかし彼は、切なそうな表情になるばかりだった。
原田「……俺のことは気にしなくていいんだ、こういうのは女の負担がどうしても大きくなっちまうからな。……『俺のため』ってんなら、やめといた方がいい」
名前「……でも……でも、私っ……」
そんなに切ない顔しないで。
私は、なんと言えばいい?なんと言えばわかってもらえる?
……もちろん、左之さんにこれ以上我慢をさせたくないというのもある。
だけど1番は、
名前「……私、左之さんに触れられたいの……!」
原田「……あんまり煽るな、馬鹿」
気づけば私の視界は反転していた。
私の目に映るのは先程と同じで、左之さんと天井の木目のみ。
原田「……いいんだな?」
念を押すような言い方。
私は彼の目を見て、しっかりと頷いた。
すると、いつものように優しく頬を撫でられる。
原田「……愛してるぜ、名前」
体に響くような、低い声。
耳元で囁かれた愛の言葉に、ゾクリと体が疼くのがわかった。
その瞬間、シュルリと腰紐が解かれ、体の締めつけが無くなる。
浴衣をはらりと剥かれ、思わず私は顔を背けるのだった……。
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