鬼灯の冷徹 | ナノ


1

──── あの世には天国と地獄がある。

地獄は八大地獄と八寒地獄の2つに分かれ、さらに272の細かい部署に別れている。
戦後の人口爆発、悪霊の凶暴化。
あの世は前代未聞の混乱を極めていた。

この世でもあの世でも統治に欲しいのは、冷静な後始末係である。
が、そういう陰の傑物は、ただのカリスマなんかよりずっと少ない……。


******


「閻魔大王っ!!」

「阿鼻地獄で川が氾濫していますっ」

「天国から人材貸し出しの要請書が……!」

「黒縄地獄は財政破綻しそうですっ」

「大王、"果樹園を焼いた者はサトウキビでめっちゃ叩く" って現代に合いません!改定しましょう!」


─── 閻魔庁。
そこは死んだ人間が五番目にいく裁判所である。

ここのトップは、かの有名な閻魔大王。
恐ろしいイメージの強い彼だが、実際にはイメージとは真逆。
現に、閻魔殿に溢れる獄卒たちからの報告の山と資料の山に囲まれて、目に見えて困り果てていた。


閻魔「え、ええと…阿鼻地獄は政令指定地獄だからそっちで何とかして!それで天国からの要請は、ええと…あ、名前ちゃん!やっと来た!助けてぇぇ、ワシ1人じゃ捌けないよぉ!」


閻魔大王は、大王らしからぬ情けない悲鳴を上げる。
そして彼はチラリと視界の端に入った少女 ─── 大量の巻物を抱えてパタパタと此方へ走ってくる名前に、ヘルプサインを出した。

閻魔に呼ばれた名前は巻物を抱えたまま立ち止まると、ピクピクと耳を動かす。
しかしそれは人間の耳ではなく、頭にちょこんと可愛らしくついている狼の耳だ。


名前「はいはーい!阿鼻地獄は大王様が言ったようにそっちで解決お願い、終わったら報告書も!天国からの派遣要請は私だけじゃ判断できないから鬼灯様に!そんで、黒縄地獄は後で予算見直す!だからとりあえず、もし器具が必要なら他の場所から余ってる器具を貰ってね!サトウキビでぶっ叩くのは、とりあえず次の会議で話し合うからその時に!」


銀色の髪に狼の耳と尻尾。
海のように綺麗な青い瞳に、まだあどけなさが残りながらも整った顔立ち。
他の獄卒たちのような角や牙はなく、背中には大太刀を背負っている。

この場においてある意味異質な存在にも見えるその少女は、獄卒たちの報告を全て聞き取ると、一度で的確に指示を与えた。
一時的ではあるが静けさを取り戻したその場を見て、閻魔は感激して目を潤ませる。


閻魔「名前ちゃん〜!ありがとう、助かったよ〜!」

名前「なんのなんの!それより良かったですね、ここにいたのが鬼灯様なら今頃飛び蹴り炸裂してましたよ。あの閻魔大王が何を狼狽えてるんですか!って」

閻魔「た、確かに…。脳内再生余裕だったよ、今の」


名前に言われた場面を想像したのか、途端に冷や汗をかく閻魔。
すると、何かを思い出したように名前のフサフサの獣耳がピクンッと動いた。


名前「あっ、そうだ!今天国の人材派遣の報告してきたの、新卒の子かな?あんまり聞き覚えない声だった」

唐瓜「はっ、はい!そうです!」

名前「ああ、やっぱり!新卒君じゃ鬼灯様に声掛けにくいんじゃない?一緒に行こうか」

唐瓜「は、はい!よろしくお願いします!」

名前「はいはーい!じゃあ閻魔大王、あとはよろしくお願いしますね!」

閻魔「え、えええ!もう行っちゃうの〜!?」


待ち侘びたヘルプが入ったと思ったのに、すぐにその場を去ってしまう名前。
フサフサの尻尾と耳が法廷から見えなくなるのとほぼ同時に、再びその場には「閻魔大王!!」という報告の嵐が吹き荒れるのだった…。


******


唐瓜「…あ、あの…ありがとうございます、名前様」


唐瓜は目の前を歩く自分よりも背の高い少女を見上げて、申し訳なさそうにそう言った。
くるり、と大きな瞳が唐瓜を捉える。


名前「ああ、いいのいいの!鬼灯様ってなんかめっちゃ怖そうだし、雰囲気とかもちょっと声かけ辛くない?新卒の子だと特にそうかなーって。慣れれば全然大丈夫だし、すごく良い人なんだけどね」

唐瓜「は、はぁ……」

名前「ホワイトな職場にするためには、まずは新人さんも居心地の良い環境作り!ってね」


グッとガッツポーズをしてウインクをする名前。
唐瓜は改めてそんな彼女の顔を見る。

見た目は16~18歳くらいの天真爛漫な少女なのに、あの指示の的確さと素早さ。
そして部下のフォローも欠かさない立ち回りの良さ。
さすが閻魔大王の第二補佐官…地獄のNo.3という地位についているだけはある。


名前「…あっ、やばい!」

唐瓜「えっ、どうしました?」

名前「暴〇ん坊将軍の再放送が今日から始まるの!録画してくんの忘れた、しまったああああ!」

唐瓜「……」


…しっかりしているのかと思いきや、意外と抜けてる部分もあるらしい。
返答に困った唐瓜は迷った挙句、「結構渋いんですね」とだけ返しておいた。


名前「私、暴〇ん坊将軍好きなんだよね〜。ど〇ぶつの森の村メロを暴〇ん坊将軍のテーマソングにしてた」

唐瓜「村メロに!?それだと毎回住民との殺陣が繰り広げられそうですよ!?」

名前「あはははは!確かに!」


…なんだろう、仕事に関すること以外は結構アホっぽいというか。
だけど話していてもイライラはしない。
むしろ元気を貰えるような、なんだか不思議な人である。


名前「そういえば君、名前は?」

唐瓜「唐瓜です!」

名前「唐瓜ね、覚えた!私は名前だよ、よろしくね」

唐瓜「は、はい!よろしくお願いします、名前様!」


唐瓜が一旦立ち止まって深々と頭を下げれば、「えーっ!?」という困ったような声が上がった。


名前「やだなぁ、"名前様" だなんて!私のことは名前でいいよ?別に敬語もいらないし…他の獄卒の人たちも私にはそんな感じだよ?」

唐瓜「い、いや、それはさすがに!上司の方にそんなことできません!」

名前「うーん、そっかぁ。ま、それもそうだよね。じゃあせめて "名前様" じゃなくて、"名前さん" で!これでどう?」

唐瓜「は、はぁ…。名前、さん…?」

名前「そうそう!私にはもっと気楽にっていうか、リラックスして声かけてくれていいからね」

唐瓜「は、はい…」


そうは言われても、新人には少し難易度の高い要求である。
だが名前もそれをわかっているらしく、「ま、ゆっくり慣れていってくれればいいよ!」と明るい笑顔を唐瓜に向けた。
相手の機微に聡い人だな、と唐瓜は思う。


名前「よーし、そんじゃ鬼灯様の所に行きますか!ついてこい唐瓜、夕日に向かって走ろう!!」

唐瓜「えええっ!?名前さん、まだ朝です!」

名前「あっははは、そうだった!!」


カラカラと陽気な笑い声を上げながら走り出した名前を、唐瓜は慌てて追いかけるのであった…。


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