鬼灯の冷徹 | ナノ


1


──── 名前は内心、悲鳴を上げていた。

名前が今いる場所は、鬼灯の部屋。
それも、鬼灯のベッドの上である。

男性のベッドなど入ったことも座ったこともない名前にとって、自分が今いる場所はかなり問題なのだ。

……しかし、それよりもさらに大きな問題があった。



名前「〜〜〜〜〜っ、!!!」

鬼灯「……Zzz……Zzz……」



名前は今、ベッドで眠る鬼灯の、抱き枕状態になっているのである。

なぜこんな事になっているかというと、それは1時間ほど前に遡る……。






──── それは、今朝のこと。



名前「……あ、おはようございます!鬼灯、さま……!!?」

閻魔「ほ、鬼灯君!?どうしたの、その顔!」



いつものように名前が巻物整理をしていると、ふらりと現れた鬼灯。

しかし顔色はいつも以上に青白く、そのせいか目元の隈がかなりくっきりとして見える。
この隈も勿論普段は付いていないものだが……。

寝不足の化身のような姿の鬼灯に、名前と閻魔は驚いて声を上げた。



鬼灯「……ああ、これは少々……寝不足でして」

閻魔「少々って……大丈夫?睡眠障害みたいな?」

鬼灯「いえ、やる事があって3日ほど徹夜をしてしまいまして……」

名前・閻魔「「三徹!!?」」



いくら人間より丈夫な鬼とは言えども、眠らなければ体力は回復しない。

現に鬼灯は病人のような顔色で、足も若干ふらついている。



閻魔「ほ、鬼灯君!今日は休みなよ、今にも倒れそうじゃないの!」

名前「そ、そうですよ!今日は私と大王様で何とか頑張りますから!」

鬼灯「そういう訳には参りません……」

閻魔「駄目だよ!名前ちゃん、鬼灯君を部屋に連れてって!」

名前「わかりました!」



いつもとは立場が完全に逆だ。
だが寝不足の鬼灯の様子は本当に見ていられないほどだったのである。

そんなこんなで、名前は鬼灯を無理やり彼の部屋に連れ戻したのであるが……。



名前は、鬼灯の部屋には週に3回ほど立ち入っている。
なぜなら、もふもふタイムのためである。

そのため、彼の部屋の勝手はそれなりに分かっていた。

人の部屋の物を弄るのは少々気が引けるが、今はそれどころではない。
名前は手早く鬼灯の寝間着と掛け布団の用意した。



名前「さ、鬼灯様!早く着替えて横に、──── 」



今にも倒れそうな鬼灯を促そうとして、名前は途中で言葉を切った。

……何故なら。



名前「 ──── ひっ、!!?」



ふわりと香る鬼灯の匂いと、己の頬をくすぐる漆黒の髪。

なんと名前は、鬼灯に後ろから抱きしめられていたのである。

それに加えて、



鬼灯「……もふもふさせろ。話はそれからだ」



まるでどこぞの犯人が人質を脅すような台詞を、バリトンボイスで発している鬼灯。


普段は2日に1回くらいのペースで狼姿の名前をもふもふしている鬼灯だが、ここ3日4日は忙しすぎてそんな時間は無かった。
そのため、鬼灯のストレスが溜まりに溜まっているのである。

睡眠欲よりも、もふもふ欲が勝ってしまうのだ。

眠気で頭がほとんど働いていないのであろう。
少女にバックハグという、なかなかヤバいことをしていることに気付いていないようだ。


……一方、名前はというと。



名前「\☆$〆%○♪+<\♪→×#!!?」



頭がショート寸前であった。


実を言うと名前は、少女の姿をしていると言っても年齢は約2000歳。
地獄界隈では若い方だが、それでも2000年はこの世に存在している。

しかしそれでも、なぜか恋愛履歴は0。
白澤からのセクハラハグも全て華麗に躱していたため、男性からのハグに耐性などあるはずがないのである。



名前「ほ、ほ、鬼灯様っ……!!?」

鬼灯「もふもふさせろ」

名前「ちょ、ちょっとま、……は、離してっ、……」

鬼灯「もふもふ(ry」

名前「ひあっ、……ほ、鬼灯様っ!!」

鬼灯「もふ(ry」



鬼灯の言葉などまるで耳に入ってこないようだ。

それもそのはず、身長差的に鬼灯の吐息がちょうど耳にかかってそちらに意識が向いてしまい、それどころではないのである。

顔に熱が集中し、今にも爆発してしまいそうだった。



名前「ひ、う、うああああっ、……!!」



ついに恥ずかしさが限界突破した名前。
ボフンッと音がして煙が渦巻き、無意識のうちに狼の姿に戻ってしまっていた。

しかしそれはそれで、鬼灯にとっては好都合。



鬼灯「……こっちに来い」

名前「ほぎゃっ……!!?」



狼といっても体長は1mほどで、大型犬と大差はない。

そのためいくら寝不足であっても、鬼灯が名前を抱き上げるのにそれほどの力はいらなかった。


狼姿で軽々と抱き上げられた名前は、為す術なくドサッとベッドに沈められた。

完全にパニック状態だったが、とにかく逃げ出そうと体を起こした時にはもう遅く。
鬼灯もベッドに入ってきたかと思えば抱きつかれて、そのまま彼はあっという間に眠ってしまったのである。



──── しかしその数分後。

戻ってくるのが遅い名前を心配したのか、閻魔がこの部屋にやって来た。

名前は神獣であるが、この時ばかりは閻魔が神様に思えたのである。
部屋を覗いた閻魔に、名前は小声で助けを求めた。


ところが……。
仲良く(?)ベッドで横になっている2人(1人と1匹)を見た閻魔は、えびす顔になった。

そして、



閻魔「ああ、そういうことね。名前ちゃんもゆっくり休んでおいで (小声)」



という台詞を残して、ご機嫌な足取りで去って行ってしまったのである。

去っていく閻魔の背中を見る名前の、絶望の表情といったら……。


そして鬼灯の抱き枕にされたまま1時間ほどが経過し、冒頭に至るというわけである。


勿論、何度か身を捩って逃げ出そうとした。

しかしその度に、離さないとばかりにさらにキツく抱きしめられたり。
急に目を開いたかと思えば、「動くな」と脅されたり(爆睡型のはずなのに!)。
これにはさすがの名前も逃げ出せないのであった。


……しかし長年獄卒をやっているせいか、神経は割と図太い方の名前。
先程まではあれほどパニックになっていたのに、だんだんこの状態に慣れてきてしまっていた。

やがて鬼灯につられたのか眠気に襲われ、そのままスヤスヤと眠ってしまったのである……。

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