鬼灯の冷徹 | ナノ


3

──── ブオォォォン ブオォォォン……


無事、警察署前に到着した名前達。

朧車から降りれば、なんだか聞き慣れない不思議な音が鳴り響いている。
何の音だろうかと首を捻りながら歩いていた名前だが、その疑問はすぐに解決した。


──── ブオォォォン……



名前「……アルプホルン……」



橋の欄干に乗ってアルプホルンを吹いている、雅な格好の青年が目に入ったためである。



?「ムッキムキに、なりたい……」

鬼灯「こんにちは」

名前「こんにちは!」

?「あ、鬼灯様、名前さん」



マウスピースを口にあてがったまま、その青年は目をぱちくりさせていた。

そんな彼を見て、シロが一言。



シロ「イケメンだ!!」

全員「「「え?」」」



シロの言葉に思わず振り返る名前と鬼灯と少年。



シロ「あっ。髪型が桃太郎っぽかったから、つい」

鬼灯「シロさん。いろいろと何重にも失礼ですよ」

シロ「すみません」



ペコッと可愛らしく頭を下げるシロ。



シロ「でもなんでそんなの吹いてるの? 」

?「えっ、いや、腹筋を鍛えるのにいいかと思いまして」

名前「へえ、筋トレになるんですか?」

?「はい、結構お腹の力を使うので」

シロ「でもさぁ、雰囲気的に横笛の方が合ってない?」

?「すみません。横笛はもう飽きてしまって……」



頭を押さえ、少年は困ったように言った。



名前「まあ、800年も吹いていれば、飽きちゃいますよね」

シロ「800年!?この人、誰?」

鬼灯「源義経公ですけど」



鬼灯の言葉に、シロは目をまん丸にした。



シロ「ええ〜っ!牛若丸さんがなんで地獄にいるの!?」

鬼灯「烏天狗警察の一員ですから。私はこの方に用があって来たんですよ」

シロ「牛若丸って烏だっけ?」

名前「あはは、違うよ〜」

義経「僧正坊が昔のよしみで……」

シロ「究極の判官贔屓……」

名前「僧正坊さんにとっては、きっとお孫さんのようなものなんだよ」

鬼灯「しかし彼の兵法は見事ですから、今や指揮官の一人なんですよ」

義経「非力だからこそ作戦を練るんです。まあ、先程は私の作戦を決行する前に鬼灯様の手で御用になりましたが……」



どうやら先程の、伊右衛門を追ってきた烏天狗たちは義経の指示で動いていたらしい。



鬼灯「いえ、迅速な判断に的確な指示。いつものことながら感心します」

シロ「それで顔もいいんだから完璧だね



シロの言葉に、義経はなぜか憂鬱げにうつ向いた。



鬼灯「だからこそ義経公に会いに来たんです。 実はあなたをぜひまたポスターにと会議で決まりまして」

義経「あの、私は……あっ、とりあえず、どうぞ中へ」



と言いながら、義経は橋の欄干から降りると笑みを浮かべたのだった。



シロ「そういえば、ポスターになってたね」



義経に案内されて、建物の中の廊下を歩いていると、シロが思い出したように言った。



鬼灯「えぇ。義経公はその線の細さを買われてCMに出ることも多いのです」

名前「雑誌にもよく載ってるんだよ〜」

義経「あっ、私が悩んでいるのはそこなんです。どちらかというと私は『リポD』のCMに出たいんです」

シロ「じゃあ、なんでムッキムキじゃなくて笛とかみやび〜みたいなのを極めちゃったの?」

義経「それは……昔、侍女に"力士になるにはどうしたらなれますか?"と聞いたことがあったのです。そしたら、その日を境になぜか笛や舞の稽古が一気に増えて……」

シロ「贅沢だよ!桃太郎に失礼だよ! 」

鬼灯「いや失礼なのはあなたです」



二人と一匹は、警察署内の応接室に案内された。



義経「このとおり、私は体も小さく、痩せています。ですが私の根本は武将。もっと男らしい外見になりたいのです。あなたは結構がっちりしておられますよね?どうしたらそうなれるのですか!?ぜひお聞きしたい! 」



そう言って鬼灯に詰め寄る義経。

鬼灯は名前と少しだけ顔を見合わせると、淡々として答えた。



鬼灯「いえ、別に特別なことは。 石臼で亡者をミンチにしたり、大きな石板を亡者に落としたり」

義経「体より先に精神にきそう……」



鬼灯の言葉に、義経思わず青ざめた。

獄卒と比べると、警察はグロテスクな場面に遭遇することが少ないのだろう。



鬼灯「……では食べ物から変えるのは? 」



そう言って鬼灯が異臭を放つ食べ物を懐から取りだすと、義経は着物の袖で口元を押さえながら「うっ」と呻き声を上げた。



鬼灯「脳吸い鳥の温泉卵は鬼の好物ですよ」

義経「地獄珍味ではなく他のことで……」

鬼灯「でしたら……これはどうでしょう?」



そう言って鬼灯は義経の前に金棒を置いた。



義経「なるほど!これを毎日持っていれば確かに……!うっ……!」



義経は力一杯、金棒を持ち上げようとしたがそれは叶わなかった。



鬼灯「では、名前さんの刀ならどうです? 私の金棒よりも軽いですよ」

名前「あ、確かにそうですね!」

義経「あ、刀でしたら私も……!」



義経も一本差しではあるが、帯刀している。
扱い慣れているからか、これならいけると言いたげな表情だ。

名前は背負っていた刀を下ろし、義経に手渡した。



名前「っていってもこれは大太刀なので、義経公の刀の2倍くらいは重いかもしれないです」

義経「た、確かに……持つだけならできますけど、これを常に背負ったり振り回したりするのは、なかなか……」

名前「鬼灯様の金棒よりは全然軽いですけど、意外と大太刀もトレーニングになりますよ」

義経「な、なるほど……!これは良いかもしれないですね」



刀を受け取った義経公は、己の刀よりもずっしりとした質感に驚いたようで目を見開いた。



義経「名前さんもこれで亡者たちを叩きのめしているのですか?」

名前「昔はそうでしたねぇ。補佐官になってからは事務仕事の方が増えましたけど、今でも使いますよ〜!私の相棒です」

義経「すごい……」



名前はニッと笑うと自分の腕を見せる。
ガッシリとまではいかないが、普通の女性と比べればそれなりに筋肉質な腕である。

こんな可愛らしい女の子がこの重い刀を振り回しているのか、と義経は驚愕していた。

すると、その様子を見守っていたシロが首を傾げた。



シロ「ねぇ、どうしてそこまでして鍛えたいの?」

義経「はい!生前からの夢だった力士に転職したいk ──── 」



そこまで義経が言いかけた時である。



鬼灯「どすこい!!」

義経「うわぁーーーっ!!?」




──── ズドーーーンッ!!


義経の小柄な体が勢いよく吹っ飛んだ。

鬼灯が張り手をしたのである。



名前「うわああっ、義経公!?大丈夫ですか!?」

義経「えぇ、なんとか……。でも、何がどうして急に……?」

鬼灯「いや、さすがにそこは牛若丸の自覚を持ってください。あなたの場合、もはや伝説なんですよ」







──── 後日。



「あっ、義経様よ!」

「かわいいわ、やっぱり伝説の美男は違うわねぇ」



そんな会話しながら通りすがりの2人の女性は、新しくなった義経のポスターをうっとりと見つめるのだった。

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