鬼灯の冷徹 | ナノ


2

名前と鬼灯とシロを乗せた朧車は、ゆったりと順調に烏天狗警察へと向かっていた。

鬼灯と朧車の間で、雑談に花が咲く。



鬼灯「しかし、タクシーも大変ですよね。変な客も多いでしょう」

朧車「えぇまぁ。困ったお客様はどこにでもいますよねぇ」

鬼灯「酔っぱらって吐いたりとか」

朧車「はははっ、そんなのしょっちゅうですよ。鬼の方々は酒好きが多いですし」



話しながら、鬼灯はみたらし団子の包みを開ける。

それに反応したのはシロで、名前の腕の中でヨダレを垂らして団子を見つめていた。
鬼灯は小さく溜息を吐くと、シロに団子を食べさせる。

その光景に名前はくすりと笑い、シロの体を撫でていた。

そんな名前にも鬼灯は団子を1本差し出す。
名前はパアッと花が咲いたような笑顔を浮かべると、「ありがとうございます!」と言って嬉しそうに受け取り、早速頬張った。



朧車「あぁ、そうそう。怖い話がありましてねぇ」

シロ「怖い話?」



それは、朧車の同僚で友人Kの体験談だという。


──── ある日の深夜の人気のない通りをKが走っていると、髪の長い女が手を挙げていた。

嫌だなぁ、怖いなぁ……と思っても、仕事だから乗せないわけにはいかず、覚悟を決めて乗せたのだという。

行先は地獄門。
女は口数が少なくて、やけに青白く、亡者にしては妙に存在感があったという。

そうこうしているうちに、地獄門へと無事着いた。


──── キイイィィ……バタン!


女が通り抜けた後で、閉じた門の扉。
すると……。


──── ドンドンドンドンッ、ドンドンッ!


『開けて! お願いよ! 』





朧車「えぇ、生きてたんですよ……その女。臨死体験してやがったんですよーっ!!」



名前と鬼灯とシロは、目をぱちくりさせて顔を見合わせた。



シロ「それが朧車タクシー界の怪談なんだ」

朧車「ねぇ?怖いでしょ?」

鬼灯「話がお上手ですね」

朧車「この話、だいぶ擦ってます」



生者にとって妖怪は、怪談話にもなる存在。
その反対に妖怪にとっては、亡者の世界に生者が混じっていることが怪談話らしい。

互いが互いにとって異質な存在だからだろう。

なんだか面白い、と思いながら名前が残りの団子を頬張った時である。



?「怪談か……懐かしいねぇ」



別の声が聞こえてきた。

声のする方を見上げれば、車内を照らしている提灯が、くるりとこちらを向く。



於岩「あたしゃ、提灯於岩ってもんさ」

シロ「提灯が喋った!」

於岩「四谷怪談て知らないかい?」

シロ「うん」



こくりと頷くシロに於岩は話し始める。



於岩「今でこそタクシーの灯りだけどさ、昔はべっぴんだったんだよ」



提灯於岩は四谷怪談のヒロインである。
貞女・岩が夫・伊右衛門に惨殺され、幽霊となって復讐を果たすという怪談話だ。

於岩はじっと鬼灯の顔を見ていた。



於岩「あんたのその涼しい顔、あたしの夫、伊右衛門様に似てるねぇ……!」



へえ、そうなんだ、と名前は隣に座る鬼灯の顔を眺めた。

あの有名な怪談に出てくる人物が、自分の身近な人に似ているというのはなんだか面白い。



朧車「どうした?於岩。まだ未練でも?」

於岩「馬鹿だね、無いよ。……無いよ」



目を伏せてそう答える於岩。
いかにも未練があると言いたげな表情であるが……。

しかし、その時である。
キキーッという急ブレーキの音と共に、車体が大きく揺れた。



於岩「うわっ!」

シロ「おわっ!!?」

名前「わっ、!!?」



揺れの反動で、シロを抱えたまま転がりそうになった名前。

しかし鬼灯の手がパッと伸びてきてグイッと体を引き寄せられたため、なんとか無事だった。
鬼灯はさすがの反射神経である。



鬼灯「大丈夫ですか?」

名前「は、はい。ありがとうございます!シロ、ごめんね!大丈夫?」

シロ「うん、大丈夫!」



力が入ってしまったせいで、シロを抱きしめる力をギュッと強めてしまっていた名前。
急いでシロの様子を確認するが、どうやらなんとも無いらしい。

ホッと息を吐いたのも束の間、 名前は今の状況に違和感を覚えた。

名前の顔に当たる、広くて硬い何か。
……それは鬼灯の、胸板で。

なんと、名前は鬼灯の左腕で抱きしめられている状態だったのである。



名前「ひ、ひぇっ!?す、すみません!!」



なぜ気付かなかったのだろう、シロのことで頭がいっぱいだったからだろうか?

ぎょっとした名前は勢いよく飛び退き、鬼灯から離れた。

バクバクと暴れている名前の心臓。
これは急ブレーキのせいなのか、それとも……。


完全に頭がパニック状態の名前。

……そのため、鬼灯が少しだけ名残惜しそうな表情をしていたことに気付いたのは、於岩だけだったのである。


飛び退いて、シロを抱いたまま固まっている名前を他所に、鬼灯は簾を上げて状況を確認し始めた。



鬼灯「どうしました?急に」

朧車「あの……」



朧車の視線の先にはもう一台の朧車の姿があった。

なんだかフラフラと飛んでいるが……。



鬼灯「あれは……タクシー乗り場で隣にいた方では?」

朧車「そうです!さっきの怪談話の友人です!」



すると、後ろから烏天狗警察が飛んできた。



鬼灯「ん?烏天狗警察じゃないですか」

名前「あ、こんにちは!どうかしたんですか?」

烏天狗「これは鬼灯様に名前さん。実は先ほど指名手配犯があのタクシーに乗ったのを見たとの通報がありまして」



それを聞いて驚いて声を上げたのは朧車である。



朧車「えぇーっ!!あいつ、大丈夫なんですか!?」

シロ「指名手配って誰?」

烏天狗「はい。民谷伊右衛門という亡者で……」



と言いながら、烏天狗警察は鬼灯達に指名手配の絵を見せた。



於岩「い、伊右衛門様ァ!!?」



さっきまでシンミリしていたはずの於岩が、その絵を見た途端、クワっと目を見開いた。

どうやら指名手配犯は、於岩の夫の伊右衛門らしい。



於岩「こうしちゃおれないよ! 朧の旦那ァ、あの車の後を追ってくんなァ!」

烏天狗「いやあの、堂々と勝手なマネされると困るんですけど……」



そうして問答していると、前の朧車から伊右衛門らしき男が身を乗り出した。



伊右衛門「ゴチャゴチャるっせぇぞ警察!」



と顔を出して怒鳴る伊右衛門。



伊右衛門「邪魔すんじゃねぇよ! 俺はネ〇バスに乗るのが夢だったんだ!」

鬼灯「……意外とアホですね」

シロ「残念なイケメンだ……」

名前「そもそも朧車はネ〇バスじゃないし……」



全員がドン引きする中、於岩がフラフラと飛んでいく。

朧車が呼び止めるが、彼女の耳には届いていないようだ。



於岩「伊右衛門様ァァァァ! アンタやっぱいい男だよォ! 鬼灯様の100倍、いい男だよォォォォ!」



──── ピキッ……


名前とシロと烏天狗たちの耳に、嫌な音が入った。
鬼灯のコメカミに青筋が立つ音である。

そして、於岩が伊右衛門の胸に飛び込んだのと、ほぼ同時に。


──── ドゴォッ!!



全員「「「!!?」」」



鬼灯の持っていた金棒がミサイルの如く飛んでいき、於岩ごと伊右衛門を朧車から弾き出した。
於岩と伊右衛門はそのまま、真っ逆さまに落ちていく。

名前とシロは、唖然としてその姿を見ていた。



於岩「死んでも離れないからねェーーーっ!!」

鬼灯「もう死んでるでしょう。とりあえず、あいつら家庭裁判所に連れていけ」



鬼灯のドスの効いた声に、烏天狗警察はこくこくとただ黙って頷いた。

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