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──── 自分の尻尾を追いかけてぐるぐると回っていたシロ。
だが見知った姿を見つけると、すぐに目を輝かせた。
シロ「あ、鬼灯様!名前ちゃん!」
シロが見つけたのは鬼灯と名前である。
2人とも風呂敷などの荷物を持っており、何処かへ行く様子だ。
鬼灯「非番ですか?」
シロ「うん!鬼灯様たちはどうしたの?」
鬼灯「いえ、烏天狗警察へちょっと」
名前「私は鬼灯様の付き添いだよ」
2人の言葉に、シロは首を傾げた。
シロ「何かしたの?免停?」
鬼灯「地獄に自動車免許はありませんよ。車に自我があるんで」
シロ「ん?じゃあ警察って何するの?」
鬼灯「あぁ、まぁ要するにですね。獄卒や妖怪の違法行為を取り締まったり、逃亡した亡者の捜索などをする機関です」
シロ「そっかぁ〜機動力が違うよね。飛べるんだもん」
鬼灯「……飛べない人もいるんですがね」
そう言って鬼灯がチラリと見たのは、塀に貼ってあった烏天狗警察のポスターである。
シロ「へぇ〜」
名前「今からその人に会いに行くんだよ〜」
シロ「そうなんだ!ねぇ、俺も一緒に行っていい!?」
鬼灯「構いませんが……」
そう言って鬼灯は懐中時計を取り出し、時間を確認する。
鬼灯「タクシーで行きますかね」
──── タクシー乗り場。
そこでは、客を待つ2台の妖怪朧車が雑談をしていた。
「最近さぁ、現世でタクシー強盗ってのが深刻らしいよ〜」
「へぇ?」
「何か、個室で1対1の状況が襲われやすいんだって」
「超怖ぇじゃん」
「その点、俺ら前に顔が付いてるから安心だけどなぁ。あ、でも腹の中から突かれたらヤダよなぁ……」
「あぁ……それは確かに痛いな」
鬼灯「その車の部分て、やはり体内なんですね」
「あぁ、鬼灯様、名前さんも。それと犬……」
名前「こんにちは!」
シロ「おぉ!」
初めて朧車を見るからか、シロは目を輝かせていた。
「こんな一介のタクシー利用でいいんですか?」
鬼灯「公費の無駄ですから。現世では安全も兼ねての専用車もあるようですが……地獄では己の身は己で守るのが鉄則です」
「まぁ、普通に敵わないですよね……」
鬼灯はともかく、名前が強いというのは意外に思われるかもしれない。
しかし名前は、元はといえば村人と彼等の作物を守っていた守り神。
山の掟を破る動物達を罰していたことも多くあり、そのためか高い戦闘能力を有している。
そのため、事務仕事しかできないか弱い獄卒というわけではないのである。
むしろかなりの武闘派だ。
鬼灯と名前は個々でも強い上に、二人揃えば敵なしなのである。
「でもさ、俺らだって地獄の乗り物界のアイドルじゃん?」
鬼灯「……はい?アイドル?」
朧車の発言に鬼灯は思わず聞き返していた。
「え、だって俺らよく考えるとネ〇バスの仲間だし……」
「高級ではないけど憧れの乗り物だよ」
「なあ」
名前「わからなくはないけど、サツキちゃんが朧車に乗って迎えに来たらメイちゃん泣いちゃうよ、別の意味で……」
「……って、雑談ばっかしてないで仕事しなきゃだな。どこまで参りましょうか。あの山の病院?」
鬼灯「いえ、別に穫れたてのトウモコロシは届けません。烏天狗警察までお願いします」
そう言って鬼灯は朧車に先に乗り込むと、名前が乗れるように簾を押さえた。
鬼灯「どうぞ」
名前「はい!シロ、おいで」
シロ「わーい!」
名前「すみません、鬼灯様」
鬼灯「いえ、構いませんよ」
名前はシロを抱き上げると、鬼灯に頭を下げて乗り込んだ。
名前が乗り込んだのを確認した朧車は、颯爽と空へ舞い上がる。
「任せてください!最速で飛びますよー!!」
「いってらっしゃーい」
シロ「このスピードなら交通事故も起こらないね」
最速と言いつつもゆっくりとしたスピードの朧車に、名前の膝の上のシロは安心したように言った。
残された朧車は、嬉しそうな友人の背中を見送った。
「……アイツ、鬼灯様と名前さん乗せたってしばらく自慢すんだろうな……」
一人寂しく呟いていると、人影が近づいてきた。
男一人のようだ。
「ご利用ですか? どちらまで参りましょう」
「……高天原まで」
男はボソっとそれだけ言って、静かに朧車に乗り込んだのである。
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