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──── 法廷に戻るなり名前の視界に入ったのは、先程までは無かったはずの壁の凹みである。
名前「……えっと、何があったんです?」
冷や汗をかいている桃太郎と、右手が赤くなっている鬼灯、そして青ざめる閻魔の顔のすぐ横の壁に突き刺さっているボールペン。
異様な光景に、名前は首を傾げるのだった……。
名前「 ──── ああ、そうだったんだね」
桃太郎から事のあらましを聞いた名前は、苦笑いした。
なんでも、桃太郎が「鬼灯と白澤が似ている」と言ってしまったらしい。
壁の凹みはそれで出来たのか、と名前は納得している。
そして閻魔がこのネタを使って鬼灯に時々反撃していると暴露したところ、ボールペンが飛んできたのだとか。
何にせよ、「鬼灯と白澤が似ている」というのは禁句である。
桃太郎「でも、何でそんなことに……何かきっかけでも……?」
名前「あ、それは私も知らないや」
閻魔「あれ、そうだったの?」
名前「はい。なんかちょっと、聞いちゃいけない感じがして……」
鬼灯も白澤も、お互いの名前を聞くだけで不機嫌になるレベルである。
ましてや、2人のお気に入りである名前が一方の前で一方の名を口にすれば、それだけで殺伐とした雰囲気になる。
名前が気を使って聞かないのも当然だ。
閻魔「うーんとねぇ、あれはもう千年くらい前だったっけか……。昔、和漢親善競技大会……まぁ、オリンピックみたいな大会があってね?乳白色組と赤黒色組に分かれて競技をしていたんだ」
桃太郎「あのすみません……なんで白組と黒組じゃないんですか……」
閻魔「さぁ?とにかく2人は審判だったんだ」
桃太郎「えっ、代表選手とかでなく?」
閻魔「うん。本当はそう決めたいとこなんだけど、二人とも選手の域を超えててさ。鬼神である鬼灯君は言うまでもないけど、白澤君も中国じゃ妖怪の長とまで言われる存在だからね」
鬼灯「あれが長では世も末です」
言いながら鬼灯は刺さっていたボールペンを閻魔大王から受け取り、使えるかどうかをカチカチと確かめている。
閻魔「日本じゃぬらりひょんが妖怪の長だけど……でね、不公平が無いよう、お互いの国から審判を出したわけ。競技は体力や強さを比べる武道系と頭の回転力と判断力を競い合う知恵比べ、そして妖怪による妖術対決だね」
桃太郎「楽しそう〜!!」
名前「うん、私も見てみたかったなぁ!」
桃太郎「……あれ、名前は見たことないのか?」
名前「うん、そうなんだよね」
閻魔「名前ちゃんがやって来たのは、それから200年くらい経ってからだったよね」
名前「はい、平安後期のさらに最後の方です!因みに生まれは弥生時代です」
桃太郎「弥生時代!!?」
てっきり名前が自分と同じくらいの年齢だと思い込んでいた桃太郎。
目の前にいる少女が自分よりも1000歳以上年上だという衝撃の事実を知り、目を白黒させている。
閻魔「それでね、2人には全競技の審判として出てもらったんだけど……長期で一緒に仕事するのはこれが初だったかなぁ。あ、でもはっきり言ってあの大会、女子たちは鬼灯派対白澤派でフィーバーしてたよ。選手そっちのけで」
桃太郎「そりゃそうでしょ……」
閻魔「でも当時、大人気だった選手は諸葛孔明VS聖徳太子の知恵比べ!みんな見入ってたよ」
桃太郎「何それ超見たい!」
閻魔「途中、VIP席にいた策士・太公望が混ざっちゃってさ。さらに邪馬台国の卑弥呼まで降りちゃって、最後はどんちゃん騒ぎだったよ」
桃太郎「ものすっごく写メ撮りたいそれぇ!」
閻魔「けどもっとすごかったのは客席の真ん中だったかなぁ。楊貴妃と小野小町が並んで観戦してたんだ」
名前「えっ、すごい!!」
桃太郎「やっぱ、美人でしたか!?」
閻魔「う〜ん……昔の貴婦人の習慣で顔をかたくなに隠してて」
桃太郎「試合見えてたのかな、それ!?」
閻魔「でも、後ろ姿が美しくてね。さりげなく小野小町が鬼灯君へ和歌を……」
名前「世界三大美女の小野小町から!?どんな徳を積んだら貰えるんですか、羨ましい!」
名前は目をキラキラさせて閻魔の話を聞いていた。
桃太郎「あ、あの…」
閻魔「え?」
桃太郎「そろそろ、お2人に何があったのか聞かせていただけると……」
閻魔「あぁ、ごめんごめん。あれは大会の休憩時間だったけ?」
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