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次にサタンが案内されたのは不喜処地獄である。
亡者に容赦なく攻撃している動物達に、若干サタンは引き気味だ。
すると、
名前「鬼灯様〜っ!」
先程も聞いたような声。
振り返れば、こちらに向かって駆けてくる名前の姿があった。
鬼灯「ああ、名前さん。閻魔大王は縛り付けておきましたか?」
名前「はい、ロープが無かったのでその辺にいたアナコンダで縛っておきました」
サタン「(何この子怖い、めちゃくちゃ可愛いのに物凄く怖い!あとその辺にいたアナコンダって何!?)」
名前「ああ、サタン様!先程はお目にかかれず申し訳ございませんでした、少々手が離せなかったものでして。閻魔大王の第二補佐官の名前です、どうぞよろしくお願いします」
サタン「あ、ああ……よろしく」
ぺこりとサタンに向かってお辞儀をする姿は、何とも可愛らしい。
閻魔大王をアナコンダで縛り付ける少女には見えない。
鬼灯「それで、名前さん。どうかしたのですか?」
名前「あ、そうそう!サタン様のお食事の用意ができたので呼びに来たんです」
鬼灯「ああ、もうそんな時間でしたか」
と、鬼灯が懐中電灯を確認した時である。
シロ「あ!!鬼灯様と名前ちゃんだー!」
白い塊が物凄い勢いで鬼灯と名前に突進してきた。
不喜処で働いている犬・シロである。
相当2人に懐いているらしく、嬉しそうに尻尾を振っていた。
……シロなら噛まないだろうと思ったのだろうか。
サタン「お手」
シロに向かって手を差し出すサタン。
しかしシロはキョトンとしたまま動こうとしない。
そんなシロに、鬼灯がこっそりと耳打ちをした。
鬼灯「……シロさん。こちらはEU地獄をおさめるサタン様です。ご挨拶を」
シロ「はい、鬼灯様!」
どうやらシロは、鬼灯の言う事ならば素直に従うようだ。
シロ「こんにちは、サンタさん!」
サタン「(私を格下扱い!?)」
名前「シロ、サンタさんじゃなくてサタン様だよ」
シロ「あ、間違えちゃった!」
名前がシロの間違いを優しく訂正している時だった。
?「シローーーっ!!!」
シロ「うわっ!!」
突然シロを怒鳴りつける声が聞こえてきたかと思うと、可愛らしい犬が目を釣りあげてこちらへやって来た。
彼女は不喜処の御局様・クッキーである。
クッキー「報告はどうしたってさっきも聞いたでしょう!?鬼灯様と名前さんが来たからってサボってんじゃないわよ!!」
シロ「ご、ごめんなさい……」
シロは怯えたように名前の足元に隠れると、しょんぼりとして謝った。
するとそこへやって来たのは、もう1匹の犬。
こちらはシロの先輩で、ワイルドな見た目の夜叉一である。
夜叉一「おいおい、何もお客様の御前で……」
シロ「あ!夜叉一先輩!」
クッキー「言うべきことはどこでも言う主義なの!」
夜叉一「言い方が拙いって。シロが怯えちゃってんだよ」
クッキー「あたしがいなくなる前にきっちり仕込んどかないと!!」
シロ「……え?」
いなくなる、というクッキーの言葉に首を傾げるシロ。
すると2匹は寄り添いあった。
夜叉一「俺たち、結婚します」
クッキー「あたしは寿退社しまぁす」
シロ「ええええええーーーーっ!!?」
名前「わあ、そうなの!?おめでとーーーっ!!」
鬼灯「おめでとうございます」
突然の報告に、顎が外れるのではないかというくらい口を開けて驚くシロ。
一方で鬼灯と名前、そしてサタンはパチパチと拍手を送るのだった。
……なかなかのサプライズ報告があった後ではあるが、とりあえず食事の時間である。
鬼灯「ではサタン様。お食事の時間ですので、どうぞこちらへ」
サタン「おお、それはかたじけない」
……しかし、食堂へ向かう途中。
─── サワサワ……
サタン「……」
鬼灯「……」
名前「……」
──── ピチピチ……ピチッ……
サタン「あ、あの……」
鬼灯「はい、何でしょう」
視界に嫌でも入ってくる謎の植物が気になり、サタンは思わず訊いてしまった。
サタン「あ、あれは何なんだね? 小刻みに揺れているように見えるんだが……」
鬼灯「あぁ……」
鬼灯は、その揺れているものを一本折った。
鬼灯「金魚草です」
サタン「えっ!? こんなんだっけ!?」
鬼灯「観賞用ペットです。私が趣味で品種改良を施しました」
サタン「ひいいぃぃっ、誰が飼うんだこんなの!」
名前「日本の地獄では結構流行ってるんですよ」
鬼灯「大きさ競う大会もありますよ?」
サタン「そんな人気なのコレ! ?ジャパニーズはすぐわけの分からん大会をする……」
鬼灯「EUだって、わけの分からない大会をたくさん開催してるじゃないですか。奥さん運び大会とか」
サタン「ぅ……まぁ、否定は出来ないけど……」
鬼灯「それより、お料理が冷めないうちに」
鬼灯と名前はは、サタンのために貸切った食堂の扉へ手を掛けた。
しかし……
──── ピチピチッ ピチピチッ
食堂に入るなり、どーんと目に入ってきたもの。
それは皿に乗せられた特大サイズの金魚草だ。
かなり活きがいいらしく、ピチピチと跳ねている。
鬼灯「今年の優勝物です」
名前「さあサタン様、どうぞお座り下さい」
閻魔「私もご相伴に預かります」
テーブルにはニコニコ笑顔の閻魔大王も座っており、その横にはいつの間にかエプロンを付けてお盆を持っている名前が立っていた。
しかし金魚草の活け造りとは、サタンにとって恐怖映像でしかない。
金魚草の苦しげな目が、ずっとこちらを見てくるのである。
サタン「(ひいいいっ、これを食べるのか!!?)」
閻魔「あっ、もしかして菜食主義でしたかな?」
名前「えっ、そうだったんですか!?」
鬼灯「え?サバトで肉は召し上がってるはずですよね?」
サタン「(そういう問題じゃねえええっ!!)」
内心ドン引きのサタンだが、これ以上EU地獄の王としてナメられるわけにはいかない。
サタン「いや〜あはは、美味しそうですなぁ!」
そう言いながら無理やり笑みを作った。
しかし席についた、次の瞬間 ────。
──── シュッ……
スパン!
目にも留まらぬ速さで、巨大な金魚が真っ二つになった。
サタン「うおおおふっ!?」
突然見せられたグロテスク映像に、思わず口元を押さえるサタン。
鬼灯「それでは、日本名物の解体ショーを」
よく見れば、鬼灯が刀くらい長い包丁を握っている。
そんな鬼灯を名前がはやし立てていた。
名前「いよっ、待ってました!美味しい金魚料理、頼みますよ〜!」
鬼灯「お任せ下さい」
鬼灯の手元は光の速さで金魚を捌いている。
わずか数秒で、閻魔とサタンの目の前に寿司が並んだ。
サタン「(ひぃぃぃっ、ジャパニーズ匠!)」
閻魔「いやぁ、鬼灯君は何でも出来るんですよ」
鬼灯「何でもなんて出来ませんよ。あまり褒めないでください。手元が狂います」
サタン「(どこが狂ってんの!? かつら剥きされた大根が曼珠沙華になってんだけど!?器用だ、無駄に器用だジャパニーズ……!)」
それに加えてこの金魚寿司、非常に美味いのである。
サタンも己の役目を忘れてその味に感動してしまうほどだ。
サタン「(いかんいかん、これではカルチャーショックを受けているだけじゃないか!偵察という目的を忘れるな、サタンよ!)」
サタンはハッと我に返ると、立ち上がった。
サタン「ゴホン……すまんがトイレを……」
名前「あ、突き当たりを右です」
サタン「ああ、ありがとう」
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