鬼灯の冷徹 | ナノ


2

サタンは鬼灯に続いて、長い廊下を歩いていた。

彼の1歩前には、静かに歩く鬼灯。



サタン「(……にしても、コイツ鬼にしちゃ細っこい奴だな。簡単に潰せそうだ)」



サタンがそう思った瞬間、タイミングを合わせたように鬼灯が足を止めた。



鬼灯「サタン様は大きくていらっしゃいますね。私などとても小さく見えるでしょう」

サタン「え……?あぁ、うん…そうだね」



まるで心を読んだかのような鬼灯の発言に、なんとか平常心を装ったサタン。

しかし、ドキッと心臓は跳ね上がる。



サタン「(……何だコイツ、もしや私の心を見透かして……いや、まさかな。……でも、最近の日本のゲームだと、長身で冷静、切れ長の目に丁寧口調は強敵キャラの基本!これは油断できないぞ)」



いやに日本のゲーム事情に詳しいEU地獄の王。

サタンは最近、日本のゲームにハマっているのだ。



鬼灯「着きましたよ、サタン様」

サタン「え、あぁはい」

鬼灯「こちらが名物『熱湯の大釜』です」

サタン「おお、あの有名な」

鬼灯「暑いですから、お気をつけ下さい」



いつの間にか、最初の目的地に着いていたらしい。
初めに案内される場所は熱湯の大釜のようだ。

鬼灯は、厚くて重たい扉をすまし顔で開いていった。
熱い煙が扉の隙間から立ち込めて、サタンと鬼灯を飲み込んでいく。

そして ──── 。



閻魔「ぎゃああああ熱いいいいいいっ!!?」

名前「大王様ーーーっ!!?」




……何やら先程法廷で見た巨体が、大釜の中でバシャバシャと暴れている。

周りの鬼もパニック状態で、その中には慌てているもう一人の補佐官・名前の姿もあった。

ピンチに陥りながらも、やって来た鬼灯を閻魔は見つけたらしい。



閻魔「あっ、鬼灯君! ちょうどよかった! 助けて!」

サタン「え、ちょっと……大丈夫なの、あれ!?」

閻魔「鬼灯君、煮えちゃうよぉ!助けてええ!!」

名前「ほ、鬼灯様〜!私の力じゃ大王様を引き上げられないので手を貸してください!」



パニックに溢れるその場を見ても、鬼灯は表情ひとつ変えない。

それどころか、



鬼灯「……ご覧下さい。あれが天下の閻魔大王です」



と、冷静に解説を始めている。



閻魔「ちょ、鬼灯君!いいから助けてよおおお!!」

鬼灯「サタン様の御前ですよ、みっともない」

閻魔「死ぬ!!死ぬううう!!」

鬼灯「もう死後じゃないですか」

閻魔「いいから助けんか!!アホたれぇぇぇ!!」

鬼灯「……チッ、閻魔大王も年貢の納め時か。失礼致しました、サタン様。次に参りましょう」

閻魔「すみません、お助けくださいぃぃぃっ!!」



珍しくキレた閻魔だが、普段の暗黙の上下関係 (鬼灯>閻魔の図)がひっくり返ることはなかった。

閻魔に懇願され、鬼灯はようやく彼を大釜から引き上げる。



鬼灯「閻魔大王の出汁が取れましたね」

名前「すみません、鬼灯様……いつの間にか大王様がいなくなってて、駆けつけてみればこんな事に……」

鬼灯「どう見てもこの人の自業自得でしょう」

閻魔「うっかり滑って……」

サタン「(何なんだ、コイツらは……この事態をうっかりで済ます閻魔も閻魔だが……)」

閻魔「でも体が温まった!」

サタン「(普通に無事だ!)」



鬼灯によって何とか這い上がってくる閻魔を、サタンは唖然として見ていた。



鬼灯「ご案内は私がしますので、余計なことはしないでもらえますか」

閻魔「分かったよ……」

鬼灯「名前さんも、閻魔大王をしっかり椅子に縛り付けておいてください」

閻魔「そこまでしなくても!」

名前「わかりました」

閻魔「名前ちゃんんん!?」

鬼灯「………あ、そこの足元、」

閻魔「え、」



何かに気付いたように閻魔の足元を見る鬼灯。

しかし、もう遅い。


──── ズルッ
ドオオオオンッ……




閻魔「ギャアアアアアッ!!!」



どうやら、釜の掃除が行き届いていなかったらしい。

閻魔が足を掛けていた部分はヘドロに塗れており、閻魔は再び足を滑らせてしまったのである。
落ちたのが大釜の中ではなく、その外だったのが幸いだが。

しかしその光景を見たサタンはドン引きである。



サタン「(なんて上司に厳しいんだ!私、部下にあんな対応されたら泣く!)」



その間にも鬼灯の攻撃は止まらない。



鬼灯「ほらほらそこ! 拷問は手を抜かないでしっかりやりなさい! 鬼たるもの慈悲なんかもたない!こうです、こう!」



そう言うと、鬼灯は閻魔目掛けて金棒を振り下ろした。


ガンッ、ガァンッ



閻魔「あだだだだっ!ちょっと、鬼灯君……!」

鬼灯「わかりましたか?」

獄卒たち「「「はいっ、わかりました!」」」

閻魔「酷いよ鬼灯君!」

鬼灯「ああ、すみません。わざとでした」

名前「さ、油売ってないで戻りますよ、大王様!裁判が詰まってますし、私も忙しいんですから!」

閻魔「いたたたたっ、ちょ、名前ちゃん引きずらないで! 」

鬼灯「名前さん、しっかり椅子に縛り付けておいてください」

名前「はーい!」

閻魔「今日の名前ちゃん、全然優しくないいいいっ!!!」



……というわけで、名前に引きずられて、閻魔大王は強制退場させられたのである。

サタンには衝撃的すぎる光景だ。



サタン「(こ、こここ怖い! 何なのココ! ジャパニーズ、何考えてんのか分からない! 悪魔の子たちっていい子なんだなぁ……ゲームのセーブデータ消されたくらいであんなに怒るんじゃなかった……)」



サタンの脳裏に蘇るのは先日の記憶。
誤ってゲームのセーブデータを消してしまって泣き崩れている悪魔を、思い切り怒鳴ってしまったのである。

あの時の自分の行いを思わず悔いてしまうサタン。



鬼灯「 ──── ン様……サタン様」

サタン「ひぁっ、は、はい!」

鬼灯「大変失礼致しました。次の地獄に参りましょう」

サタン「あ、ああ……はい」



何事も無かったかのようにスタスタと歩いていってしまう鬼灯を、サタンは唖然としながらも追う。

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