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サタンは鬼灯に続いて、長い廊下を歩いていた。
彼の1歩前には、静かに歩く鬼灯。
サタン「(……にしても、コイツ鬼にしちゃ細っこい奴だな。簡単に潰せそうだ)」
サタンがそう思った瞬間、タイミングを合わせたように鬼灯が足を止めた。
鬼灯「サタン様は大きくていらっしゃいますね。私などとても小さく見えるでしょう」
サタン「え……?あぁ、うん…そうだね」
まるで心を読んだかのような鬼灯の発言に、なんとか平常心を装ったサタン。
しかし、ドキッと心臓は跳ね上がる。
サタン「(……何だコイツ、もしや私の心を見透かして……いや、まさかな。……でも、最近の日本のゲームだと、長身で冷静、切れ長の目に丁寧口調は強敵キャラの基本!これは油断できないぞ)」
いやに日本のゲーム事情に詳しいEU地獄の王。
サタンは最近、日本のゲームにハマっているのだ。
鬼灯「着きましたよ、サタン様」
サタン「え、あぁはい」
鬼灯「こちらが名物『熱湯の大釜』です」
サタン「おお、あの有名な」
鬼灯「暑いですから、お気をつけ下さい」
いつの間にか、最初の目的地に着いていたらしい。
初めに案内される場所は熱湯の大釜のようだ。
鬼灯は、厚くて重たい扉をすまし顔で開いていった。
熱い煙が扉の隙間から立ち込めて、サタンと鬼灯を飲み込んでいく。
そして ──── 。
閻魔「ぎゃああああ熱いいいいいいっ!!?」
名前「大王様ーーーっ!!?」
……何やら先程法廷で見た巨体が、大釜の中でバシャバシャと暴れている。
周りの鬼もパニック状態で、その中には慌てているもう一人の補佐官・名前の姿もあった。
ピンチに陥りながらも、やって来た鬼灯を閻魔は見つけたらしい。
閻魔「あっ、鬼灯君! ちょうどよかった! 助けて!」
サタン「え、ちょっと……大丈夫なの、あれ!?」
閻魔「鬼灯君、煮えちゃうよぉ!助けてええ!!」
名前「ほ、鬼灯様〜!私の力じゃ大王様を引き上げられないので手を貸してください!」
パニックに溢れるその場を見ても、鬼灯は表情ひとつ変えない。
それどころか、
鬼灯「……ご覧下さい。あれが天下の閻魔大王です」
と、冷静に解説を始めている。
閻魔「ちょ、鬼灯君!いいから助けてよおおお!!」
鬼灯「サタン様の御前ですよ、みっともない」
閻魔「死ぬ!!死ぬううう!!」
鬼灯「もう死後じゃないですか」
閻魔「いいから助けんか!!アホたれぇぇぇ!!」
鬼灯「……チッ、閻魔大王も年貢の納め時か。失礼致しました、サタン様。次に参りましょう」
閻魔「すみません、お助けくださいぃぃぃっ!!」
珍しくキレた閻魔だが、普段の暗黙の上下関係 (鬼灯>閻魔の図)がひっくり返ることはなかった。
閻魔に懇願され、鬼灯はようやく彼を大釜から引き上げる。
鬼灯「閻魔大王の出汁が取れましたね」
名前「すみません、鬼灯様……いつの間にか大王様がいなくなってて、駆けつけてみればこんな事に……」
鬼灯「どう見てもこの人の自業自得でしょう」
閻魔「うっかり滑って……」
サタン「(何なんだ、コイツらは……この事態をうっかりで済ます閻魔も閻魔だが……)」
閻魔「でも体が温まった!」
サタン「(普通に無事だ!)」
鬼灯によって何とか這い上がってくる閻魔を、サタンは唖然として見ていた。
鬼灯「ご案内は私がしますので、余計なことはしないでもらえますか」
閻魔「分かったよ……」
鬼灯「名前さんも、閻魔大王をしっかり椅子に縛り付けておいてください」
閻魔「そこまでしなくても!」
名前「わかりました」
閻魔「名前ちゃんんん!?」
鬼灯「………あ、そこの足元、」
閻魔「え、」
何かに気付いたように閻魔の足元を見る鬼灯。
しかし、もう遅い。
──── ズルッ
ドオオオオンッ……
閻魔「ギャアアアアアッ!!!」
どうやら、釜の掃除が行き届いていなかったらしい。
閻魔が足を掛けていた部分はヘドロに塗れており、閻魔は再び足を滑らせてしまったのである。
落ちたのが大釜の中ではなく、その外だったのが幸いだが。
しかしその光景を見たサタンはドン引きである。
サタン「(なんて上司に厳しいんだ!私、部下にあんな対応されたら泣く!)」
その間にも鬼灯の攻撃は止まらない。
鬼灯「ほらほらそこ! 拷問は手を抜かないでしっかりやりなさい! 鬼たるもの慈悲なんかもたない!こうです、こう!」
そう言うと、鬼灯は閻魔目掛けて金棒を振り下ろした。
ガンッ、ガァンッ
閻魔「あだだだだっ!ちょっと、鬼灯君……!」
鬼灯「わかりましたか?」
獄卒たち「「「はいっ、わかりました!」」」
閻魔「酷いよ鬼灯君!」
鬼灯「ああ、すみません。わざとでした」
名前「さ、油売ってないで戻りますよ、大王様!裁判が詰まってますし、私も忙しいんですから!」
閻魔「いたたたたっ、ちょ、名前ちゃん引きずらないで! 」
鬼灯「名前さん、しっかり椅子に縛り付けておいてください」
名前「はーい!」
閻魔「今日の名前ちゃん、全然優しくないいいいっ!!!」
……というわけで、名前に引きずられて、閻魔大王は強制退場させられたのである。
サタンには衝撃的すぎる光景だ。
サタン「(こ、こここ怖い! 何なのココ! ジャパニーズ、何考えてんのか分からない! 悪魔の子たちっていい子なんだなぁ……ゲームのセーブデータ消されたくらいであんなに怒るんじゃなかった……)」
サタンの脳裏に蘇るのは先日の記憶。
誤ってゲームのセーブデータを消してしまって泣き崩れている悪魔を、思い切り怒鳴ってしまったのである。
あの時の自分の行いを思わず悔いてしまうサタン。
鬼灯「 ──── ン様……サタン様」
サタン「ひぁっ、は、はい!」
鬼灯「大変失礼致しました。次の地獄に参りましょう」
サタン「あ、ああ……はい」
何事も無かったかのようにスタスタと歩いていってしまう鬼灯を、サタンは唖然としながらも追う。
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